2012年5月10日 (木)

代々木第一体育館で体育祭が行われた

 オリンピックイヤーには、その選考会が行われるからだろう。東京体育館を春に一般の団体が借りることは難しい。体育祭の会場探しは難儀したが、国立代々木第一体育館が、この日だけ空いているという情報に一縷の望みを託した。幸いなことにそれが可能となり、今年度も例年と同じように体育祭を開催することが出来た。東京オリンピックを憶えている世代にとっては、ドン・ショランダーの活躍した水泳会場の記憶が刻み込まれているが、先日のフィギアスケートや体操の大会会場でもあるこの体育館には、アスリートたちの魂の軌跡は刻み込まれている。この代々木で体育祭を行える生徒たちは幸せだ。

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今年も若さの弾けるような素敵な空気の中に包まれた一日を過ごすことが出来た。勝っても負けても全力でプレイし、心を込めて応援する。体育祭実行委員の指示に従い、円滑に競技が進められるように協力し合う。勝敗に限らず心にこみ上げてくるものをそのまま表現し、仲間と共感し合う。千名の生徒たちは、この場を共有し、一体感と一つの空気を作り出す。そんな光景が今年も一日中展開された。係の生徒たちも良く動いていた。

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昼休みのクラブの発表も立派だった。チアーにダンス部、新体操部。それぞれの持ち味を生かした演技は彼らの自尊感情の発露であり、得意の分野での自己表現は、見る者を納得させる出来栄えだった。体を存分に使ったパフォーマンスは、若さの特権なのだろうか。与えられた賜物を磨いている彼らを美しいと思った。

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高3のダンスも圧巻だった。「火の鳥」をモチーフに再生と希望を演じる生徒たちの思いと祈りは、会場を埋め尽くした人たちの心にしっかりと届けられた。全員が舞い、全員が主役であり、全員が表現者だった。鮮やかな衣装も流れるような構成もそれを支える音楽も、スケールの大きなテーマを表現する明確な演技と調和して、一つの世界を創造していた。学年全体の協力の賜物であることがストレートに伝わってくる。みんな、本当に成長したことを実感する。そうだ。今日が彼女たちの高校時代の「終わりに向けての始まり」なのだろう。一人一人の未来の幸いを祈りたい。

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帰り際の中学一年生の生徒の表情が印象的だった。この集団の中に入ったことの自覚と、やがて担う責任を大きさ。玉川聖学院の一員となったという誇りと帰属感。先輩たちが創り上げてきた伝統を肌で実感しながら帰途につく生徒たちに託された未来を思う。一つ一つの階段をゆっくり上っていきなさい。慌てず焦らず諦めずに、自分の歩みを続けなさい。そうすれば必ず道は開けていくよ、そんな思いを込めて、「さよなら」の挨拶を交わした。次の世代も楽しみだ。もう少し、教育の醍醐味を味わっていたい。

2012年4月16日 (月)

自己愛過剰社会の中で

4月は心地よい季節だ。遅咲きだった桜の満開の季節を過ぎ、今一斉に木々が色づき、花々は咲き始めようとしている。庭のハナミズキの花芽もだいぶ膨らんできた。学校の中にも爽やかな風が吹いている。新しく始めようとする思いが響き合う。そんな春の季節が好きだ。

 人はかけがえのない存在であることを訴え、生徒一人一人の自尊感情を育成する事を目指している私たちの教育は、生徒たちの心に奥底に届いているのだろうか。この個人としてのかけがえのなさは、他者の存在を忘れた自己中心を助長する「自己愛」と区別されるべき事柄なのだが、うまくそのことを伝えられているだろうか。

最近、アメリカの心理学者たちが書いた「自己愛過剰社会」(J.トウェンギ/W.キャンベル著 河出書房新社)を読んだ。アメリカ社会が直面しているナルシシズムに由来する自己愛病についての論究だ。甘やかしの構造、自己への注目集め、虚栄、物欲、際立った個性の重視、人目を引く反社会的行動、特権意識など、自分は特別な存在だと信じ、そう扱われることを周囲に求める人たちが大量に排出されている現状を分析している大著だ。日本でも「新型うつ病」が急増しているが、自己愛に侵食された青年たちが抱える生き辛さは、「自分だけ特別」という意識とそれが満たされないことがもたらす病理であるという分析は傾聴に値する。

個人の尊厳や自尊感情の育成が、自己愛に陥らないために何が必要なのだろう。それはやはり人との関係性の構築以外にはないのではないか。人は人と出会って人間になっていくとはそういうことなのだろう。学校は「濃い人間関係」を育む現場だ。学校生活はその練習問題だ。人との関係性が希薄になっている時代の中で、一見感じる息苦しさも含めて、「共に生活する事」の中から身についてくる感覚は、教育の財産なのではないか。学校はそれを提供する場所なのかもしれない。

先週末に全校の保護者会を終えた。900人近い保護者たちと、生徒たちが置かれている現状を共有した。思春期の発達課題と取り組む生徒たちを支援する枠組みを確認した。壇上から40分近く語ったが、理解され協力体制にある空気が感じられたことが嬉しかった。こういう人たちに支えられて初めて教育の業は成立することを再確認させてもらった。愛されて育っている生徒たちは幸せだ。

自己愛の侵食されないために、目線を一段階あげて見渡すことを進めていきたい。学校の中だけではなく、社会や世界の現実に眼を開き、私たちに出来ることは何であるのかを探り続ける探究心を持っていたい。それにはまず私たちが現実世界から関心を逸らすことなく、他者と世界を意識の中に入れておかねばならないだろう。狭い利己心から解放されて、世界の必要に感応するセンスを磨き続けなければならないだろう。校内に吹く新鮮な風を感じながら、そんなことを考えていた。

2012年4月 5日 (木)

新しい出発に際して

 中等部新入生の皆さん、入学おめでとうございます。ご家族の皆様、ご入学おめでとうございます。今、こうして担任の先生から名前を呼ばれ、ハイッ!と返事をして立ち上がる皆さんの姿と表情を見ていると、ここに「出会いの始まりがある」ことを実感しています。皆さん一人一人の名前と声が違うように、今ここに集まった様々な異なった個性と人格が、この集団の中でどのように成長していくのかを想像すると、厳粛でかつ希望に満ちた思いに満たされていくことを感じます。

ここに入学された皆さんは、文字通り21世紀を生きていく皆さんであることに思いを馳せています。この時代を生きていく皆さんに、少し前の20世紀に生まれ、学びや体験を重ねてきた私たちは、さらに以前の世代の人たちから受け継いできた価値や文化を伝えられることに、誇りと責任を感じています。皆さんがこれから6年間、玉川聖学院での学びや学校生活を通して、この時でしか学びえないこと、体験しえないこと、身に着けられないことを、自分のものにしていくことのお手伝いをさせていただきたいと思っています。

20世紀の初めのフランスの哲学者であったアランという人は、自らの著書「幸福論」の中に、アリストテレスの文章を引用してこう書いています。

「真の音楽家は、音楽を楽しむ者であり、真の政治家とは、政治を楽しむ者のことである。『楽しみは、能力のしるしである』とアリストテレスはいうのだ。これはすごい言葉だ。この驚くべき天才哲学者を理解しようとするならば、この点をこそよく見なければならない。何事をやるにしても、本当の進歩をあかしするのは、人が、そこでどんな楽しみを感ずるかである。

  私が言っているのは、自分で自由にやる仕事のことで、それはつまり、能力を示すわざであると同時に、能力が出てくる源でもある。繰り返すことになるが、人にやってもらうのではない。自分でやることだ。」

アランは、仕事をすること、学ぶこと、生活することは、その中に自ら楽しみを見つけることであり、自分の能力が引き出されていく源は、この「楽しみ」の中にあると言っているのです。

これから始まる中高6年間は皆さんにとってどんな年月になるのでしょうか。もちろん長い年月の間には、楽しみばかりではなく、苦しみや困難、辛いことを経験することがあるかもしれません。いやむしろ、大人になっていくということは、「苦悩」を身に着けていくことだとも言われているように、現実を知り、人間を知り、自分を知るということは、困難や苦しみを引受けていくことなのかもしれません。

けれども、その中に「楽しみを見つけること」~学びや生活、人との関係の中に、<おもしろい><興味深い><なるほどそうなのか><わかった>という数々の感動と頷きを得ていくこと、そこに楽しみを見つけていくことが、自らの能力が引き出されていく秘訣なのだとアランは語っているのです。これから始まる皆さんの6年間の中に、どんな<楽しみ>が待っているのでしょうか。沢山の学びの中に、多くの人との出会いの中に、私たちの想像を超える数多くの体験の中に、楽しみを見つけるが、私たちに与えられた能力を引き出すこと、本当の自分になっていくことにつながる行為だといえるのです。

そうです。あのエレナ・ポーターが書いた小説「少女パレアナ」の中の主人公が、日々の生活の中で、「喜びを探す」ゲームを実践していったように、皆さんが学校生活の中で、「楽しみを探すこと」を続けていくならば、6年後の皆さんは、自分でも驚くほど成長した自分に出会うことが出来ることを確信しています。

皆さんの成長を、ご家族の皆さんと共に全力を挙げて応援したいと思っています。心から入学おめでとう!

                 (2012年度 中等部入学式 式辞)

2012年3月19日 (月)

開かれたドアから一歩前へ~終業式式辞

 2011年度の学校生活は今日を区切りに終了しようとしています。皆さんにとってこの一年はどのような年だったでしょうか。昨年3月の大震災により社会全体が大きく揺らぎ、何かが変わらなくてはいけないと感じた一年でした。今年度当初の4月には余震が続き、原発事故の収束が不透明な中、学校でも体育祭や校外授業の実施が危ぶまれ、先行きの見えない不安に襲われましたが、本当に守られて、全ての行事を滞りなく行うことが出来たことを感謝しています。

一つ一つの行事や日々の学校生活が決して当たり前ではなく、私たちに与えられた恵みであることを実感できるからこそ、毎日を丁寧に誠実に送ることを意識できた一年になったのではないかと思います。今ふり返ると、この一年の皆さんの学校生活は大変充実していたと思います。行事や生徒会活動、クラブ活動や各種の発表会も、中学生・高校生らしい創意工夫が見られました。震災を忘れずに覚え続ける努力も目立ちました。生徒会の募金やイベント、毎朝の礼拝の祈り、具体的な行動の数々は、皆さんの心の中にある他者への思いの表れとして充実したものでした。

昨年4月に完成した「学習センター」は、自学自習の象徴的なスペースとして活用されました。この一年、先週卒業していった高校三年生を中心に、この自学自習の場を用いて、粘り強く学習が展開されました。2月末まで国公立の2次試験のために自習室にこもっていた生徒たちの姿は一つのモデルとなりました。皆さんはこの一年、学習面での達成感や学ぶことの主体性を確立することが出来たでしょうか。テストは一つの結果にすぎませんが、通知表を見る今日にはもう一度立ち止まって、この一年の軌跡をふり返ってください。

この年度は全体としては前向きで積極的な面を強く感じましたが、問題がなかったわけではありません。持っている良さを発揮できずに無為に一年を過ごしてしまった人はいませんか。我儘や自己中心に気付かずに、人を傷つける言葉に鈍感だった人はいませんでしたか。中にはそのことに気づいて、ある時を境に一気に成長の階段を駆け上がっていった人もいました。

今日は節目のときを迎えましたが、この節目の時は何かに気づく時でもあります。ちょうど大震災から40日くらい経った4月の新聞に、アメリカの歴史学者ジョン・ダラー氏のインタヴュ―記事が載っていました。ダラーさんは「敗北を抱きしめて」という本で、第二次大戦の破壊から立ち直る日本人の姿を描いたアメリカの歴史家ですが、震災後の日本は、何かが変わる節目にあることを語っています。節目は人の考えや生活を変えるチャンスの時であるのです。しかし同時にダラー氏は、そのインタヴュ―の最後にこうも語っています。

「個人の人生でもそうですが、国や社会の歴史においても突然の事故や災害で、何が重要なことなのか気づく瞬間があります。すべてを新しい方法で創造的な方法で考え直すことが出来るスペースが生まれるのです。関東大震災、敗戦といった歴史的瞬間は、こうしてスペースを広げました。そしていま、それが再び起きています。しかし、もたもたしているうちに、スペースはやがて閉じてしまうのです。既得権益を守るために、スペースをコントロールしようとする勢力もあるでしょう。結果がどうなるかは分かりませんが、歴史の節目だということをしっかり考えてほしいと思います。」

節目は、ドアが開かれる時だとダラーさんは語っています。今、皆さんは新年度に向かって、心のドアが開かれていることを感じますか。進むべき方向、変えていくことがら、目指すべき生活が見えていますか。節目の時はそれが見えてドアが開かれる時なのです。しかし、ダラー氏が警告しているように、せっかく開かれたドアも、もたもたしているうちに、行動に移さないでいると、一歩踏み出すことをせずに、今のままに留まっていると、開いたドアも閉じてしまうというのです。

この国は震災を契機に変わることが出来たでしょうか。それとも開かれた世界が閉じてしまって、昔と同じように変われないでいるのでしょうか。震えるような衝撃を受け止めて、新しい価値観に立つ社会に変われたでしょうか。エネルギー政策の転換を含めて大きな疑問を持たざるをえません。

皆さんは、この節目の時、開かれたドアから一歩踏み出して、この春休みを過ごしてください。そうすれば、新年度は新しい自分と出会うさらに豊かな一年になると思います。皆さんの一層の飛躍を期待しています。

2012年3月 5日 (月)

卒業の季節を迎えて

 今年の春はまだ遠いようだ。各地で計画されていた「梅まつり」が終わってもまだ梅の香は私たちには届かない。それでも3月の暦を迎えると、節目の季節が訪れたことへの想いは強まってくる。卒業の季節を迎えるからだ。

昨年の3月は震災とその後の原発の事故の恐怖に怯えた日々だった。あれから一年が経とうとしている。時間の経過と共に、被災地の言葉と東京で語られる言葉のギャップを日々に感じる中で、この国の生きる形はどのように変化してきたのだろう。社会の問題を専門家に任せて無責任に時代を批判するだけでは何も解決につながらないことを私たちは学習したのではなかったか。また一方的で乱暴な言説に惑わされないように、一人一人の見識が問われていることを自覚させられたはずだったのではないか。震災後に新しい時代が始まっているのだろうか。私たちはどのように新しい教育の言葉を紡ぎ出すことが出来たのだろうか。

先日、青山学院院長の山北宣久先生をお招きして高等部3年生のための卒業礼拝が行われた。数年前に教会の牧師としてクリスマス礼拝にお招きしたことがあったが、この度はキリスト教学校の責任者として、卒業生のための説教にお招き出来たことを感謝した。「蛇のようにさとく、鳩のようにすなおでありなさい」と、これから本校を巣立っていく生徒たち一人一人に向けて良きメッセージを送ってくださった。時代の困難の中にひるまずにそれぞれのミッションを果たしていくための秘訣を、心を込めて語ってくださった。

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この季節になると、一人一人の3年間、6年間の軌跡を思い返すことが多くある。成長の仕方は個人個人異なっているし、中にはハラハラさせられた生徒達もいた。卒業礼拝に出席している生徒達の多くは、素直で心優しい玉聖の心を大事にして育ってきた生徒達だ。成長の過程では挫折や困難を経験した者もあるが、それぞれの仕方でマイナスをプラスに変えて努力を継続してきたことを、傍らから垣間見させてもらうことが数多くあった。驚くほどの成長に喜びを分かち合うことも数多くある。今年も充実した3月を迎えている。

山北先生の語られた「狼の中に羊を送り出す」とイエスが語られた心境は、私の心にも響いてくる。「虚構」にしか見えないような将来に対する絶望感が充満している現代社会の中に出ていく生徒達には、行く手を阻まれているように思える現実の多いだろう。その中にミッションとパッションを持って生きることの意味を伝え続けた私たちの想いは届くのだろうか。羊飼いなる方の守りを心から願うばかりだ。

2012年2月14日 (火)

新しい挑戦に向かって

 ようやく受験シーズンが終わった。今年は当初から予想された以上に私学にとって厳しい入試であった。少子化と長引く不況、震災後の経済社会の不透明感と通学の安全への配慮など、私学を取り巻く環境は大変厳しいものであった。また、女子校人気の低落、公立の中高一貫校への期待と授業料無償化の現実も、私たちの学校にとって逆風になっているようだ。

 

 そんな中での中学受験は、近年の経験の中では応募者においても入学者の数においても例年を下回り、残念ながら願っていた募集定員を完全に満たすことが出来なかった。今まで各地の私学が経験してきた現実を、私たち自身が多少味わうこととなった。冷静に分析してみると、受験者の減少は集団としての質の低下(不本意入学者の増加)にはつながっていないと思われる。本校の教育を重んじて志望してきた人たちが、いわゆる偏差値を度外視して、今年も多数入学してくれた。先週末に入学ガイダンスが実施されたが、積極的で温かい雰囲気があり、非常に良い学年が形成されるだろうことが予想され、彼等の成長を楽しみにしたいと思わされた一日となった。

 

出願が始まってから今日まで、正直に言うとずいぶん長い日々であった。現実に応募者が減少するということは、どのような不安を引き起こすことなのかを体験させられた。学校の責任を担う者の一人として、焦燥感と重圧を感ずる日々であった。しかし不思議なことに、そのような中にあっても、思っていた以上の励ましと慰めが与えられることも経験した。期待を持って入学してくる人たちが非常に多いことも確認させられた。思っていたより多い人数が入学することも確定した。

 

確かに周囲の環境は厳しいものがある。来年度に向けて考えていく課題も多いことを自覚している。しかしもう一つの現実は、この学校の中にある生き生きとした関係性だ。課題を課題として共に分かち合うことの出来る教職員の集団、前向きに学校生活に取り組む生徒達、教育方針を理解して協力的である保護者達、これらの人たちに囲まれて教育の業に臨むことが出来ることを改めて感謝した。そして、今年の分を何とか取り返すために希望を持って、新しい挑戦に励みたいと心からの意欲が涌いてくることを感じている。

2012年1月30日 (月)

聖火リレーのように

 今年はオリンピックイヤーだ。開催国の特権の一つは聖火リレーを直接見ることが出来ることだろう。今年のイギリスでは、どこに住んでいてもこのリレーを近くで見ることが出来るように計画されているそうだ。

 

聖火リレーで大切なのは、聖火を持って走る人が渡された火を次の人に手渡していく事だ。長い人類の歴史を貫いて継承されてきた価値や信仰は、それを大事だと思う人が人に手渡してきたのだと思われる。一つの学校の教育理念も、建学の精神が手渡されることで、次の世代に受け継がれていくものなのだろう。創立60年を超えた玉川聖学院は、創立者の谷口茂壽先生が点火した灯火を正しく伝え続けているのだろうか。

 

榛名におられる森幹郎先生が著書を送って下さった。人生の最後の仕事として取り組んでこられた本である。若くして天国に帰っていった昭和初期に結核を患った信仰者たちの記録をまとめた「肺病死した若きキリスト者たち~遺稿に学ぶ死観」(キリスト教図書出版社 2011年12月発刊)を熟読した。森先生は中学3年で結核を発病されたが、外科療法の進歩で一命を取り留めた。戦後は結核療養者を支援しながら、厚生省の役人としてハンセン病や老人医療など社会的弱者の支援の働きを重ね、奈良女子大をはじめいくつかの大学で教えて来られた。現在は新生会の「新生の園」でオールドオールド期を過ごす傍ら、ライフワークである、自らの運命を引き受けながら若くして天国に帰った信仰者たちの足跡を掘り起こす作業を続けてこられた。ついに完成した魂の籠った記録を前にして、私は居住まいを正して一頁一頁を読み続けた。

 

森先生の仕事は、信州塩田平にある窪島誠一郎氏が戦没画学生の絵画を集めて展示している「無言館」と同じような思いから続けて来られたもののように思う。いや、それ以上のミッションを感じる。先生自身が彼らの信仰の証に触発され、彼らの魂の輝きに魅了され、無名であっても神の前に価値ある者として生き、凱旋していった若き同信の友に対する共感と尊敬の念に貫かれている遺稿集から伝わってくる「言葉」を拾い集めている。森先生の謙虚で誠実な人柄と、人生に対する姿勢を行間に読み取ることの出来る労作だ。

 

戦中戦後の混乱した時期に、この様な市井の信仰者の記録を残そうとした人たちがいたことも驚きだった(とりあげられている上田穣著「病床に在る友へ」は岩岡書店発行である。玉聖の事務長だった岩岡卯吉郎氏がどうしても世に残そうと努力されていたことが記されていることで改めて岩岡先生を知ることができた)。このような人たちの存在を通して、信仰の灯火が継承されていることを改めて感じた。

 

さて、私たちはバトンタッチされた「この良きもの」をどうしたら次の世代に伝えることができるのだろう。大事なのは伝える人でなく掲げられている灯火だ。正しく次の人たちにバトンタッチするまで、置かれている走路を誠実に走り続けることが、私たちに求められていることなのだろう。

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2012年1月17日 (火)

どこに向かっていくのか

 1月中旬となり、受験シーズンに突入した。先週には大学入試センター試験も実施され、本校でも高校3年生が受験してきた。試験会場となった小金井市の東京学芸大学近くまで、寒さの中を高3学年の先生方が例年のように出向いて、メッセージカードを渡して激励して送り出していたのが玉聖らしかった。高3の生徒一人一人の健闘を祈りたい。本校中等部の入試に向けての最後の説明会も行われた。今週末には中等部の願書受付も始まろうとしている。

 試験の結果は、それぞれの人生を大きく左右する出来事であるだけに、節目を迎えた人たちの間には緊張感と不安感がみなぎる。それと同時に大切なものに向かっていく充実感と責任感を彼らの中に感じる。結果のわからぬ未来に対して願いと祈り、期待と恐れ、そしてある種の運命に従おうとする従順さを持ってこの季節を過ごしている人たちの持つ「存在感」に、限りなく人間としての美しさを私は感じている。

 

 それにしても私たちは未来に対してどのようなイメージを持つことが許されるのであろうか。等身大の自分の延長線上にしか未来は描けないというが、果たして私たちはこの国と社会に未来はあるのだろうか。神の創造された自然は、破壊とともに再生の恵みをもたらすが、人間の作った文明は破壊のみで再生しないことを、原発事故は私たちに知らせてくれた。人間の英知の結実と思われている科学技術の進歩は、私たちに未来を約束するものではないことに私たちは気づき始めている。

 昨日、教職員の研修会に科学史の専門家である村上陽一郎先生(東洋英和女学院大学学長)をお招きした。西欧近代史を貫く考え方を踏まえて、人間と自然のあり方についてお話しされたが、私たちが立っている地点がどこであるのかを考えさせられた。同時に物を考えていくときの根拠をどこに置いているのか、自分自身の姿勢についても問われる時間であった。人間は自然を支配するものなのか、管理を委ねられているものとしての責任を果たしているのか考えさせられ、久しぶりに知的好奇心を掻き立てられる時間となった。

 

 人が成長していくとはどういうことなのだろう。経済の繁栄を前提とした右肩上がりの成長論が支配する中、成功を求めて努力することは必須の課題であるのだろう。しかし、何のために学ぶのかという根本的な問いを踏まえない議論は、人を傲慢にしていくだけなのかもしれない。高校を卒業していく生徒達の向かう未来が、本当に自分を生かし、人に仕える生き方につながる準備の継続の機会となるよう心から願う。どこに向かって進んでいくのかを意識することの出来る生き方を継続してほしい。そのことを伝えられる学校であり続けたいと願わされている。

 

 

2012年1月 6日 (金)

手紙を待つ心

 新しい年は、懐かしい人たちの近況報告から始まる。毎年届けられる年賀状の一枚一枚に、多くの人たちとの出会いの軌跡を想い返す。そして、それぞれの安否を知り、懐かしさと時間の経過を考える。新しい世代には廃れつつある習慣と聞くが、自分にとっては、せめてわずかな時間でも意識を旧知の人たちに向けるという、意味ある時間であることを改めて感じている。

考えてみると以前に比べて手紙を書くことが少なくなった。もともと筆まめのほうではなかったが、何でもメールで済ませてしまう自分がいる。情報伝達の手軽さと返信の速さが理由なのだろうが、相手との関わりの質がずいぶん変化してきているように思う。今月の保護者との読書会で取り上げる、鷲田清一氏の「待つということ」(角川選書)には、「待てない現代」が失ってしまった人間の奥行きについて、示唆の富んだ指摘が多く語られている。前のめりになって未来を先取りしようという現代人の心性は、長い目で見る余裕をなくさせ、目標を達成する事のみに心を向かわせている。教育や子育ては、待つことの中に本質があることを私たちは再確認させる。同書にも、想像力をかきたてる手紙の効用についての言及があった。手紙の返信を待ち侘びる心が開く世界がきわめて人間的な学びの機会であったことを、私たちは体験的にも知っている。

渋谷の美術館で、フェルメールの描いた3枚の手紙を主題にした絵画を中心とした美術展が開かれている(Bunkamura ザ・ミュージアム「フェルメールからのラブレター展」)。日常的な生活の中にあった手紙を書くこと、読むことが何と劇的な瞬間であるのかが、絵の前に立つとよくわかる。表現力の卓越さにこの作家が多くの人に愛されている人気の秘密を実感する。手紙を読み書きしている瞬間に揺れ動く心の断面が見事に描かれていて、見る者を日常生活の向こうにある世界へと誘い込む。手紙が関係性に意味をもたらしている時代の証言がここにある。

http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/11_loveletter/

年賀状に書かれていた卒業生たちからの近況報告に、今年も様々な励ましを受けた。それぞれが自分の人生の今というステージを、精一杯生きていることを教えてくれるからだ。与えられた境遇を引き受け、様々な課題を背負いつつも、自分の人生を歩み続けている姿に接して、それまでの経緯を想いみながらエールを送りたくなる。今年は、手紙を書くことを意図して試みてみよう。悪筆は旧知のことだろうから、それを厭わずにペンを手に取ろう。そんな思いにさせられた新しい年の初めであった。

2011年12月27日 (火)

賛美の力、響き合う心

クリスマスは歌声の響く季節だ。毎年繰り返していることだが、今年のクリスマスにはそのことの幸いを強く感じた。PTA・同窓会の賛美礼拝から始まり、榛名クリスマス訪問にいたるまで、様々な機会ごとに、共に歌うことの喜びを味わうことが出来た。

歌うことは、きわめて人間的な行為だ。体を用いて自分の気持ちを表現する。生きていることの確かさを実感する。歌える喜びは肉体的な表現方法として人に与えられた特権の一つと言える。また、歌は他者と共にその気持ちを分かち合う機会を提供する。歌は不思議な心の響き合いを作り出す。心の通じ合うことを確認できるこれも人間に提供されている恵みの一つと言えるだろう。

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今年のクリスマス礼拝の中での「学年賛美」は素晴らしかった。中1から高3まで、それぞれの学年が、心と気持ちを込めて共に賛美する中から発せられた歌声は、私たちに豊かな時間を提供してくれた。そして、一つ一つの楽曲を超えて、全体としての魂の響き合いを実感させてくれた。心理学者ユングが言う、集団意識が作り出す「共時性」がその中に感じられ、賛美の喜びが谷口ホールを包み込んだ。創立者谷口茂壽先生の見ていた幻は、この賛美の中にあったのではないかと思わされた。

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35名の生徒が参加した榛名クリスマス訪問も素晴らしかった。とりわけ、キャロリングをして回る生徒たちの歌声が、豊かに響き合っていた。寒空にはオリオン座の星たちが輝いていたが、入居者に届けられたクリスマスの歌声は、中等部の生徒たちが丹精を込めて制作したポーチと共に暖かなプレゼントになったことだろう。ベッドサイドで歌う歌を涙ながらに聞いておられた方々もおられた。元気な方々が集まっておられたホールでのクリスマスカロルを歌うひと時は、世代を超えた声が混じり合う実に素敵な時間となった。力いっぱい賛美する一人一人の姿とその歌声は、全体として醸し出される空気と共に、実に豊かなものであった。ここにクリスマスの喜びがある、そう実感させられた。

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今年はあまりにも悲惨な出来事が多い年だった。それは現在進行形で続いている。そのことに思いを寄せつつ、それでも歌うことが出来る喜び、絶望に陥らずに希望を持つことの出来る幸いをこのクリスマスには強く感じていた。きっとこの思いは、この学院で学んでいる生徒たちに共通している思いなのだろう。それが今年の賛美の力として結集したに違いない。響き合う心を実感させたのだろう。印象的なクリスマスを過ごすことが出来た。

2011年12月12日 (月)

真実を見つめる目を持つこと

クリスマスから数10日後に、エルサレム神殿で幼子イエスに出会ったシメオンは、長い間待ち続けていたメシアの出現を直感した。彼は神をほめたたえつつ、幼子の母マリヤに語った。「剣があなたの心さえも刺し貫くでしょう。それは多くの人の心の思いが現れるためです。」シメオンが見た神の祝福とは一体何だったのだろう。彼は目の前の幼子の中に何を見たのだろう。クリスマスは羊飼いたちに届けられた「平和のメッセージ」ではなかったのか。確かにイエスの生涯にはシメオンの預言通り、暗闇を照らす光が闇の汚れを写し出すように、人びとの心の闇が映し出す役割が与えられていた。それは十字架への道を歩まれる事でもあった。しかしシメオンは、幼子イエスの生涯の悲劇性の中に、神の計画と祝福の確かさを見ていたのだろうか。預言者の眼差しは真実を見通していた。

上野の西洋美術館で、スペインの画家ゴヤの作品を見た。宮廷の人物の肖像画家であったゴヤが見つめた人間の真実は、数多く展示されていた素描や版画の中にはっきりと残されている。自らの耳が聞こえなくなっていく過程で、研ぎ澄まされていくゴヤの眼差しの鋭さに驚いた。華やかに振る舞う人たちの魂の奥底を見抜く眼を持って、心の思いに潜む不条理を白日の下に描き出している。階級や身分を超えて人間の内面をあぶりだす。真実を知ることはかくも厳しい現実と向き合うことなのだろうか。近代絵画とは、この眼差しの上に成り立っているものなのだろうか。

震災から9カ月が経った。被災地で起きている現実を詳細に伝える報告、圧倒されるような事実の記録、そして様々な立場からの人々の主張に触れた。寒さが厳しくなっていく中で、仮設住宅でこの時を過ごす人たちに思いを馳せる。果たして私たちは何を見ているのだろうか。哲学者内山節氏の書いた「文明の災禍」(新潮新書)は、様々なことを考えさせてくれた。私たちはいつから死者との「二人称の関係」を失ってしまったのか。生きている者しか勘定に入らない現代文明は、大切なものを失ってしまっているのではないか。自然災禍の中でも「恨み言を言わない」東北に人たちは、自然と共に生きることの知恵と意味を知っている。都会に住む私たちは、取り返しのつかない「文明の災禍」を創り続けて来たのではないか。原発はその象徴なのだろう。ここにも真実を見通す目が存在している。

クリスマスは、それにもかかわらず喜びの知らせなのだろう。すべてを見据えたうえで、それでもなお失われない希望がここにある。そのことを信じることこそが、クリスマスを待ち望む心なのではないだろうか。この真実を次の世代にも伝えたい。

2011年11月30日 (水)

人生の季節の中で~出版に際して

 一昨年度から毎月一回のペースで実施してきた「保護者のための人間学講座」の内容をまとめた「人生の季節の中で~自分との出会い」(いのちのことば社)が出版される。この三年間、毎回大勢の方々に集まっていただき、熱心に講義を聞いていただき、講義後のコメントを書いていただいたことが、この度の出版につながったものと考えている。

振り返ってみると、玉川聖学院で総合科・人間学の授業を始めて18年、高2で「人生の四季を生きる」というテーマでの学習をはじめて8年の歳月が流れたが、「自分自身と出会う~人間学ノート」(1997年刊行)に続いて、授業内容のまとめを書物として残すことが出来たことを感謝している。

今回の出版は生徒向けに実施している授業を、保護者を対象とした講座に組み替えて実施した内容のまとめだが、講座を担当してみてつくづく思うことは、「前書き」にも書いたように、保護者の年代の方々は、子どもの問題、自分自身の問題、親の問題を含めて、人生の様々な課題を同時進行的に抱えているという気づきであった。皆それぞれに重たい課題を抱えながら、それでも現実を引受けながら、自分の人生を積極的に生きようとしている姿を垣間見させていただいた。

中には直面している個人的な問題を抱えつつ講座に出席されていた方もおられたが、その問題を人生というステージの中に置き換えることで、当面の問題を鳥瞰して別の立場から眺め直すことが出来、少し楽になったという方々もおられた。子どもの問題も、自分の問題も、親の問題も、辿りゆく私の人生に与えられた大切な自分自身の成長のための課題をとらえ直すことで、新たな力を得ることが出来た、というような振り返りの感想を多く読ませてもらった。この本が、自分自身の人生を引受けて歩み続けている方々へ送るエールとして、読んでいただければ幸いだ。

本にまとめることは、毎日の仕事に追われている自分自身にとって、大きな挑戦だったが、多くの方々の励ましの中で、出版に向けての準備を続けることが出来た。このような環境の中で仕事をさせていただいていることを改めて感謝すると共に、長い人生を視野に入れた教育を目指そうとしている本校の取り組みを、一人でも多くの方々に知ってほしいと思わされている。この本が用いられることを祈っている。

(販売については、玉聖徒然の欄を参考にしてください)

2011年11月 4日 (金)

べてるの家から学ぶ~斉藤道雄氏特別講義

 112日(水)の放課後、「べてるの家」を長年にわたり取材して、「悩む力」や「治りませんように」(みすず書房)を著した斎藤道雄氏を招いて、「人間学特別講座」が開催された。高1、高2の生徒達数十人と先生方を前に斉藤さんは、精神障碍を抱える人たちが、共に生活して働きユニークなコミュニティを形成している北海道浦河の「べてるの家」の生活と考え方について、丁寧にお話し下さった。

 斎藤さんはTBSの放送記者であったが、「べてるの家」を取材しているうちに、彼らの生き方の中に引き込まれていく様子を、著書「悩む力」の中に記している。彼らの圧倒的な存在感に触れて、斉藤さん自身が一人の人間として生き方が問われていく過程を、率直にそして感動をもって描いている。ジャーナリストとしての見識の高さとセンスの良さも感じるが、それを凌駕する精神障碍者の人たちの存在感が的確に描かれている。会ってみたいと以前から思っていたが、その斎藤さんと直接交流する機会を持てたことは、本当に幸いなひと時だった。

本物の持つ力を知る者は、様々な束縛から自由になれる。苦労に苦労を重ね、挫折や絶望の暗闇を歩む中で、辿り着いた「べてるの家」での生活を営む彼らは、健常者の私たちよりもずっと生きることの深さを知っていると語る斉藤さんは、彼らに触発されて自分自身が自由になっていく過程を生徒たちに語ってくださった。「自分の人生を生きるとはどういうことなのか」を、高校生たちに通じる言葉で話してくださった。その肩の力のとれた、それでいてどんどんと話の内容が伝わってくる語り口に、心地良い衝撃を感じた時間であった。

私は思った。「べてるの家」のような究極の体験は、人間の生き方の本質を示すとともに、教育の営みの方向性を教えてくれる鏡のような存在であるのだと。斎藤さんは現在、聾の子どもたちのための私立学校である品川の明晴学園の校長を務めておられる。教えることより子どもたちの内にあるものにどれだけ目を向けられるかが大事だと考えられていることを後で伺った。ここにもべてるの原則を生かされている。何かがつながっていくような親しさと近しさを感ずることが出来た。これからも関わりを持っていきたい。

先日、世界中の140か国以上の国と人々の姿を写しとっている写真家の桃井和馬氏の講演を伺う機会があった。写真というメディアの持つ怖さ、そして可能性を教えてくれた。写真とは見る者の想像力が問われるメディアであるとの言葉が心に残っている。今、ここに起きている現実に、どれだけの想像力を働かせることが出来るか、目の前の生徒たちの現実に、どれだけ思いを寄せることが出来ているのか、考えさせられた。斉藤さんとの出会いは、さらにそのことを強く考えさせられるものでもあった。良い時間を持つことが出来た。

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2011年10月31日 (月)

下平作江さんからのメッセージ

 玉川聖学院の九州修学旅行で、長崎の被爆者で「語り部」の下平作江さんが初めてお話しくださったのは1990年であった。その年以来、毎年、原爆の悲惨さと平和の大切さを、毎年私たちのために語り続けられてきた。2000年までは高等部、2001年からは中等部の生徒たちが、直接、下平さんからの平和への思いを込めたメッセージを伺いことができた。

 

10歳の時に被爆して以来、様々な後遺症を抱えて、戦争と原爆で家族を奪い取られ、辛い経験を重ねて来られた下平さんは、それでもある時から事実を語り継ぐことに使命感を感じて、封印しておきたい辛い過去を若い人たちに語り始められた。大切なものは、人から人にしか伝わらない。直接にその人の息遣いを感じる中からしか伝わらないものがある。下平さんは、絶対に忘れてはならないこととして、身を削るように核兵器廃絶に向けてのメーセージを発信し続けて来られたのだと思う。

 

今年も先週訪れた中等部3年生に向けて、渾身の力を込めて被爆体験を語るとともに、「人の痛みが分かる人間になること」と「生きる勇気」を持つこと大切さを訴えられた。実は現在ひどく体調を壊しているが、毎年心から聞いてくれる玉聖の生徒にだけはどうしても伝えたいと無理をして来てくださったのだという。毎年、話をしていて、下平さんの心にも響く何かがあることを感じてきたのだそうだ。今年も生徒たちに届けられたメッセージは、しっかり伝わっていたようだ。

 

人は、語り=聞くという関係性の中から、真実のものを自分のものとする。メディアやインターネットの情報からは絶対に掴むことの出来ない何かが、直接出会うことで、自分のものになってくる。修学旅行とは、そのような体験を通しての学びの場なのだろう。そして生徒たちがこのような体験をしていることで、教師たちの払われた犠牲が報われていく。平和への思いは、長崎の土の下に眠る多くの人たちへの想像力を持った時に、はじめて自分の言葉になっていく。下平さんとの15歳の出会いは、今年も生徒たちの心の中に刻まれていくことだろう。学びを続けることによって、彼らの心の中の想像力がさらに広がっていくことを期待したい。

 

高2の韓国修学旅行も充実した内容で無事に終了した。崇義女子校との交流もさらに深まった。21世紀に生きる彼らの間が、過去と現在と未来を踏まえた深い絆で結ばれていくことを期待したい。時代を創るのは、まぎれもなく彼らの世代だからだ。教育の業とは、心が偏った方向性に陥らぬように交通整理をしながら、その動き出す心を少しだけ後押しする事なのだろう。

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2011年10月24日 (月)

学校説明会を開催して

 先週末、来年度の生徒募集の一環として、受験生向けの学校説明会が行われた。模擬授業が中心であったが、校外授業を控えた中、生徒たちも心を込めた歓迎する様々な企画を用意して受験生を迎えた。雨模様の天候であったが、玉川聖学院の中は、生徒たちの熱気と受験生親子との交流で、非常に活気に満ちた一日となった。中1の生徒が谷口ホールでの学校紹介の司会をしていたが、生徒自身の言葉で自分の学校生活について誇りを持って語っている光景が印象に残った。今、ここにいる自分を心から喜びと感じているその雰囲気が、会場いっぱいに伝わっていったように思う。このような生徒に囲まれて学校生活が出来るとは何という幸いだろう。

 昨今は、生徒募集が大変厳しくなってきている。私立の女子校への応募者は大きく減少している。地方では女子校自体が存立しえなくなってきているようだ。伝統的に地域に支持されてきたキリスト教学校も各地で苦戦しているという報告を聞く。女子教育は時代のニーズに合わなくなっているのだろうか。

しかし、日本の教育環境を想うと、こういう時代だからこそ、私たちはこの女子教育の本質を学校から発信しなければならないと思う。戦後私たちの国は、競争の原理に支配される中、物質主義に覆われてしまい、「いのちへの愛着」がないがしろにされてきたのではないか。経済的な観点のみが「正論」とされ、いのちを蝕むものに対する生理的な拒否反応が大事にされていないのではないか。女性の持つ「社会的母性」が無視されていないか。男女同権と特性を生かすことは、矛盾なく並立するものではないだろうか。こういう時代に女子教育の可能性は非常に大きいと思われる。

 今ある自分に誇りを持てることは、人間の尊厳を考える上にも重要なことであろう。思春期における教育の場は、そういう「自尊感情」を育てるためにあるのではないか。たくさんの出会いと体験を通して、成長していく私を、実感を持ってとらえていけるということは幸いなことだ。今週、各学年は秋の校外学習に出る。修学旅行やキャンプ等の体験を通して、成長していく自分自身の姿に出会うことが出来たら幸いである。

 先日、100歳になられた日野原重明先生の一年の生活を紹介する番組がNHKで放映された。この春、私たちは直接に谷口ホールで先生からの講演を聞くことが出来たが、その時の先生の息遣いがまだ心に残っている。先生が使命とされているのは、文字通り「命の不思議」を伝えることだと語られた。100年生きてこられた経験と4000人以上に人たちを看取ってこられた経験から、いのちについて話された姿は印象的だった。私たちの教育の使命も、このいのちの尊厳を伝えることであろう。次の世代が本当に輝いた生き方を自らのものとするためにこそ、私たちの生徒募集の目的があることを、あらためて心に刻んで努力を続けたい。

2011年10月 5日 (水)

安土城址に登って見たもの

 先週末、社会科の教師研修で安土城跡に行くことが出来た。急な石段を昇って、天守閣があった場所まで辿り着くと、眼下に見える近江の国と琵琶湖の風景、遠くに見える比叡山やその向こうにある京の町、天下を統一した織田信長の夢の跡に立って、歴史について思いを巡らせた。

それにしても、この圧倒的な存在感は何なのだろう。石段の一段一段に、城壁を作る大きな石の一つ一つに、込められた歴史の重さを伝わってくる。天守閣跡からの光景は、四百数十年の年月を超えても変わらぬ自然の姿であるのだろうか。ここから京の都の方角を眺めて、信長は何を思ったのだろう。どういう社会を夢見ていたのだろう。行きつく先をどこに求めていたのだろう。琵琶湖の畔にそびえるこの城は、どんな威容を誇っていたのだろう。

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知識や情報をいくら積み重ねても見えないものもある。想像力を働かせる作業は、現場に立つことでしかできないこともある。そう考えてみると、私たちの持っている知識や先入観は、どれほど危ういものなのだろうかと思わされる。歴史は自分の足で歩かないとリアリティを持ってこない。あまりに知らないことが多すぎる自分の現実を思い知る。

古代から近代まで、どの町にも日本の歴史の跡が残されている。人々が生き、夢見て争った世界の姿を私たちに示してくれる。繰り広げられた歓喜と無念さ、喜びと失意という人間の世界を想像させてくれる。だからこそ私たちは、自分のイメージを作り変えるような出会いや発見を、意図的にでも求めていかなければならないのだろう。これから先、自分のイメージを作り変えていくことがどれだけできるのか、凝り固まってきた「頭の体操」を重ねることが、精神の若さの試金石になっていくことだろう。この若さだけは失いたくない。

 今回の研修では、争いから逃れるように、静寂を求めた人たちのつくり上げた世界の奥行きの深さも味わった。京都には、魂を落ち着かせてくれる場所が残されている。秋の気配の到来を感じさせる空気の中で訪れた、比叡山の麓の京都八瀬にある瑠璃光院の庭園の静けさは、非常に印象的だった。苔生した庭園は、秋の光を浴びて輝いていた。清らかな水と自然を生かした木々の数々、風の音と水の流れが心に何かを伝えてくれる。心の静寂を求めてきたもう一つの日本人の心の姿のここに見るような思いがした。良い研修となった。

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2011年9月26日 (月)

「家族であること」の意味

 東日本大震災が起こった今年、家族の絆の尊さやその在り方を再評価する思潮が広がっている。圧倒的な自然の脅威を目の前にしたとき、人は人間とつながっていることの大切さ、とりわけ家族の絆の大きさを再発見しているのではないかと思わされる。人は本質的にニヒリズムの鎧を着て孤独の中を一人で生きていくことは難しいのだろう。日常的なありふれた家族の風景の中に、幸せを実感させられるのも、人間らしい営みなのだろう。

 

新宿の損保ジャパン東郷青児美術館において、「モーリス・ドニ~いのちの輝き、子どものいる風景」展が開かれている。19世紀末から20世紀にかけてのフランス象徴派の画家ドニの展覧会だ。後期印象派の個性あふれる芸術家の多くが、自らの魂をギリギリまで突き詰めて独自の世界を追い求めていったのに対して、ドニはゴーギャンの影響を受けながらも、自分の子どもたちのありふれた日常の中に、平和と幸福のメッセージを読み取り、愛情をもってその表情を写し出している。それ故、見る者に安心感と満ち足りる心を与えてくれる。ドビュッシーが「子供の領分」という音楽を通して創りだした世界を、ドニはキャンバスの中に自然な作風をもって創りだしている。家族を愛し、子どもたちの成長を願う父親の眼差しを感じるとともに、不思議な居心地の良さを絵の中に発見した。家族であることの幸いだ。

 

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今年のカンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した映画「ツリー・オブ・ライフ」を観た。日本での上映に際して賛否両論があったようだが、今の時代に必要な「生きていることの意味」を考えさせられる映画だった。誕生の神秘や家族としてのつながり、思春期での父母への反発、越えられない個人史上の出来事、失ったものへの後悔と過去への悔恨、ごく普通の家族に起こる出来事と心象風景を、140分をかけて叙事詩的に描き出している。テンポの速い映像を見慣れている人たちには冗長な作風に見えるのかもしれないが、観客の一人である自分が見る者から、観られるものに変えられていく。心の深いところに問いかけられていく不思議な映画だった。関係性の中で何を学び、何を自分のものにしてきたのか、つながりや伝えているものは何なのか、自分が問われ始める。ここでもキーワードは「家族」だった。

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家族の絆が崩れていると言われて久しい。発達段階にある子どもたちの成長の前提は、家族の中の安心と安全の居場所が確保されていることだと言えるとしたら、この崩壊現象をどう考えたらよいのだろう。今、私たちは失いつつあるものの意味を再確認する時期にあるのだろう。子どもたちが安心して成長することの出来る社会を、私たちはどのように創りだせるのだろう。教育に可能性は残されているのだろうか

2011年9月22日 (木)

学院祭を終えて

 9月17日(土)と19日(祝)に、今年も学院祭が開催された。台風の接近が心配されたが、二日で六千人近いお客様を招くことが出来、生徒たちが主催する最大のイヴェントとして今年も無事に実施できた。それにしてもハレの日に最高の笑顔で、準備してきたことを張り切って披露している生徒たち一人一人の姿に、若さの勢いと輝きを感じる瞬間を味わった。

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展示も発表も演技も試合も、それぞれに思考を凝らした、充実した内容であった。この夏には、各クラブの試合や発表でも良い成果が上がっていたが、この二日間に見せた生徒たちの姿勢は、日頃の活動の充実ぶりを証明する立派なものだった。何にもまして、千名を超える生徒が、実行委員を中心に一致協力してこの学院祭を盛り上げようとしている点が非常に嬉しかった。中学生と高校生が協力している姿、生徒たちのリーダーシップを受け入れて協力をしている姿勢、お客様に楽しんでいただこうと心を配っている姿勢を感じることが出来た。今年も保護者たちの絶大な協力があったことにも感謝したい。学校行事の持つ教育的な可能性について改めて考えさせられた。

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新しく施行された学習指導要領では、「ゆとり教育」への反省から「学力重視」の教科課程の編成が義務付けられた。ゆとり教育が掲げられた背景にあった「学ぶ意欲や学校への帰属感」という問題を棚上げにして、再び「上位三割の学力層」のための「学力向上」を目的とする教育課程が全国で実施されようとしている。この課程を実施するとしたら、少なくとも、同じくらいの力を入れて、「特別活動」への教育的配慮が必要ではないか。学校行事やホームルーム活動にどのような教育的意味を持たせていくかの「教育のバランス感覚」が問われているように思う。

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今年の学院祭で生徒たちが決めたテーマは、START というものであった。震災後の状況の中で、生徒たちの「出発への思い」の詰まった内容となっていた。この再スタートを切ることが出来る、やり直しが出来ると思えることは大事なことだ。挫折や失敗、困難や落胆があっても、そこから立ち上がって再スタートできる精神の若さこそ、私たちの社会が今、一番必要とされることなのではないだろうか。競争の論理が社会を支配している中で、勝つこと、成功すること、強くなることだけが強調され、敗者に再チャレンジの道が閉ざされているように感じるが、失敗、挫折、絶望にも意味があり、その経験を踏まえて再出発することにこそ人生の意味があること、そう信じられることは、幸いなことと言えるだろう。そして、その精神の若さこそ、今、私たちが最も必要としているものなのではないだろうか。

キラキラとした目を輝かせて、学院祭をつくり上げていた生徒たち一人一人のこれからの歩みに期待しつつ、ここに今置かれていることを喜ぶことが出来た今年の学院祭であった。

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2011年9月12日 (月)

9・11から10年を経て

 あれから10年の歳月が経過した。誰の個人史の中でも忘れられない日があるが、9月11日の衝撃は脳裏に焼き付けられている。世界はあの日以来変わっていった。ブッシュのアメリカは正義を掲げてアフガニスタンやイラクを攻撃したが、成果は乏しく多くの民間人が犠牲となっていった。今も罪のない人々が果てることのない報復テロの恐怖に脅えている。正しさを振りかざして攻撃を仕掛けたアメリカは、何を手にしたのだろうか。正義と悪は区別できるものだったのだろうか。

この10年、世界の各地で大きな災害が次々に起きた。地震による被害も世界各地で起こり、東南アジアを襲った大津波の悲劇は、今年日本で繰り返された。あの3・11から今日で6カ月が過ぎた。心の深いところでの痛みは癒えるどころか、ますます深まっているように思われる。復興や再建という言葉では表現できない苦しみが今もなお多くの人々の心を支配している。私たちはこれらの出来事をどう理解したらよいのか。

エヴァ・ホフマン著「記憶と和解のために」~第二世代に託されたホロコーストの遺産(みすず書房 2011年)を読んだ。著者は冒頭で震災と原発事故を受けた日本の読者向けに文章を書いている。「21世紀の入り口で、私たちはホロコーストとヒロシマの両方を、或る距離をもってみています。それでも、つい最近の大惨事が過去の記憶を想起させたように、二つの出来事はいまだに生き続けている過去なのです。このような次元にある悲劇は、起点からずっと長い轍を遣し、それは喪失と悼みの轍となって、しばしば見えないインクの跡のように滲んだり曲がりくねったりしながら、人間の精神から精神へ、親から子へ、時と世代を超えて繋がっています。」過去の歴史を伝えることの難しさと歴史の証言者の「第二世代」としての自覚、それでも伝えなければ何も伝わらないという重たい事実を抱えて、彼女の内側にあるものを的確に描き出した書物だ。久しぶりに手応え豊かな重たい一冊だった。

自分自身との真摯な対話が続いていたが、最後の部分にこう綴られていた。「おそらく、ホロコーストの原因とメカニズムが―同様の他の大量殺戮などとともに―検証された次の段階で必要なのは、今私たちがすぐにでも考えなくてはならない命題、すなわち、憎しみが否定的な行為をもたらすことを阻む、確固たる規範の概念と構造をどのようにすれば構築できるのかを考えることだ。そのためには、被害者あるいは加害者をめぐる研究だけでは十分ではない。<他者>を理想化もしくは中傷することが、長い目で見た時に和解をもたらすとは到底思えない。さらにこういった問題について、私たちは自分たちの民族のみに囚われたものの見方や自分自身が同一化できる集団の視点からではなく、あらゆる他者に有効な、想像上の概念から考える必要を迫られる。私たちが必要としているのは、「他者」のための―それはまた私たちのための―正義なのだ。それは、他者か自分かの二者択一的な完全性や厳格性を求めるのではない、両者を視座に入れた寛容だ。」

憎しみからは何も生まれない。苦しみの彼方に正義に対する優しい眼差しを感じる好著に出会い深く考えさせられた。あの事件から10年後の世界の現実に思い巡らせた一日を過ごした。

2011年8月22日 (月)

これからの時代の教師たちへ

         

この夏も,キリスト教学校教育同盟の新任教師研修会,そして東京の私学の新任教師研修会と二つの研修の責任を果たすこととなった。二つの研修会を合わせて,180名近い「新人」たちと宿泊研修を行なった。もう30数年も歳の離れた新人たちと関わる日々だった。自分の新人のことを思い起こしながら,30年の時の速さを思った。それにしても,これから30年後の日本の教育はどのように変化しているのだろう。私立学校はどういう形で継続しているのだろう。

二つの研修会はどちらも大変真面目で有能な新人たちの集まりであった。生活の秩序感もきちんとしていた。取り組むべき課題にも真剣に取り組んでいた。教師としての使命感も共有することが出来た。不況の時代で,各校とも有能な人材を確保できたのであろうか。それだけに,彼らの将来に対して思い巡らす時にもなった。

私立学校の存在意義はどこにあるのだろう。学校の独自性を掲げて実験的な教育を行なう私立学校が,日本の教育の中で果たすべき役割があるとしたら,それは「教育の選択権の確保」ということではないだろうか。国民に教育の選択権があるということは,民主主義国家の基本理念ではないか。すべてが国家で定まった教育を受けなければならない国を思い浮かべてみると,一定の枠はあるものの私たちの国の自由を思う。選べる自由を守りたい。しかしそれは選ばれる競争でもある。単一の価値観や尺度でない,多様な選択肢が用意されていることが必要なのではないか。それに応える選択肢を私学は用意しているだろうか。「進学」や「偏差値」だけに翻弄されていないだろうか。独自性をどのように社会に通用する言葉で発信しているだろうか。教育の言葉が本当に紡ぎ出されているだろうか。

これから30年以上,基本的に同じ学校で教師を続けるだろう若い人たちに訴えたのは,夢を持つこととしっかりと置かれた場所に踏みとどまることだった。この私学の独自性を夢とともに語り,厳しい時代が来たとしても,教育の業に踏みとどまって,その重荷を引き受けていって欲しいと語った。

大切なものは人から人にしか伝わらない。人を通して価値や世界観は継承されていく。様々なものが揺さぶられる時代は遠くないところに来ているように思うが,どの時代にも生徒としっかりと向き合う教師が必要だと思う。彼らがどのように育っていくのかを楽しみにしたい。そして,この与えられている実験的な教育を施す自由を,次の世代に人たちにしっかりと受け渡していきたいと切に願う今年の夏だった。

2011年8月17日 (水)

この夏の思い出のために

 早く訪れた今年の夏は、台風接近と共に夏休みに入いると、急に気温が下がって、過ごしやすい夏となった。3週間近くが経過して、夏に計画されている諸行事も、順調に進んでいるようだ。キャンプや合宿の報告を聞くたびに、この時期に宿泊行事を通して得られるものの大きさを実感している。中学・高校時代に日常から離れて、自分と向き合うことは大事なことだと思わされる。

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 今年も榛名のワークキャンプに参加した。30年以上続いている高齢者施設での3泊4日のボランティア活動だが、今年も新生会の変わらない温かいもてなしと行き届いたケアの精神を背景に、今年ならではの体験を得ることが出来たように思う。生徒たちはそれぞれに目的をもってキャンプに参加したようだ。将来の進路を考えて、何か夏休みに人と出会う体験をしたい、昨年よかった経験をさらに深めたい、自分自身を変えるきっかけをつかみたい等々、それぞれの動機を分かち合いつつ、キャンプはスタートした。

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 毎晩の一日の振り返りの中で、生徒たちはそれぞれに感じたことや考えていたことを語り合った。実際に体験し、感じ、沸き起こる様々な感情と向き合い、それを分かち合う。語ること、聞くことを通して、自分の体験を経験化していく。そしてメンバー相互の関係性の中で、体験が深まっていく。今年も生徒たちの中に起こっていくダイナミックな変化と気づきを共有する喜びの中に浸ることが出来た。高齢者と接することで、こんなにも心が動き出すかことを改めに驚いた。

高齢者の方々に受け入れられているという思いが、生徒たちを嬉しくさせた。優しい顔で話しかけてくれる入居者との出会いは、大切なものへの気付きを与えてくれる。「場の持つ力」は大きい。高校生たちと高齢者が出会うときに、存在そのものが受け入れられている安心感、人間と出会っているという手応え、それらが心に新しい発見を与えてくれる。「ありがとうと言われて心の底から笑顔で接することが出来た」と自分に驚いた生徒は、自分にほんの少し自信を持てたようだ。たまたま入居者の死後の出棺の場面を出会った生徒は、生と死の現実の中でのスタッフたちの真摯な姿に接し、自分の進路に確信を持てたと話す。仲間の話に耳を傾けて、共感する。そんな空気に触れた4日間だった。

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クラブの合宿や発表の機会、試合や練習の日々、そして受験に向けての補習や講習、それぞれの夏が続いている。課題を抱えつつも前向きに挑戦しようとしている生徒たち一人一人の夏の経験が、さらに積み重ねられていくことを期待したい。祈りに覚えたい。重ねられた日々の上に、自分が築き上げられていく。このまぶしいまでに生き生きとしたいのちの輝きに触れることで、私たちはたくさんの励ましを受け、自分の置かれている場所について考えさせられる。この夏が良い思い出に包まれますように。

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2011年7月15日 (金)

忘れないために

 震災後の余震や原発の事故の終息の見えない不安の中に始まった今年度の学校の歩みも、体育祭、校外授業、音楽会という行事も無事に終えることが出来、期末テストを終了して、何とか夏休みまで辿り着くことが出来そうだ。振り返ってみると、毎日の歩みの中に確実な手応えと、この時を共有していることへの喜びを実感する日々であったと思う。改めて生かされている喜びをかみしめたい。

震災後、世の中はどのように変わったのだろう。圧倒的な自然の脅威に触れ、人間が作り出した文明の脆さを実感し、破壊されつくした生活の跡を目で見ることで、私たちの国は、これから何かが変わっていくと直感的に思った者も多かったのではないか。各地からの支援の手が差し伸べられ、世界中の励ましを受け、人と人の絆が再構築されてくる事実を知ることで、何かが生まれるという期待もあったように思う。

あの日から四ヶ月が経過して、今この国で何が変わったのだろう。悲しいことに被害を受けた当事者を除く多くの人たちは、原発への不安や、節電への協力の思いは継続しているものの、ライフスタイルそのものに変化はあまり見られない。それどころか、意識の中から一日一日、記憶が薄らいでいくように感じている。3月にはあれほど自粛されていたテレビのコマーシャルは、すっかり元にペースに戻り、番組も以前と変わらぬものが放映されている。街はいくらか明るさを控えているものの、あらゆるものが以前と変わりなく動いているように見える。私たちには、悲しみを「抱えていく」ことは出来ないのだろうか。鮮明な意識を持ち続けることが不可能なのだろうか。当事者以外には、悲哀を持ち続けることはできないのだろうか。戸惑いとやり切れなさを実感する。

日常の生活の中で意識を継続するということは、情報が飛び交う中では困難なことなのかもしれない。思いはあっても知らず知らずに流されていく。私たちがこの思いを継続して持ち得るとしたら、「静まること」の出来る場を持つことによってのみ可能なのだろう。立ち止まって思い巡らすことを習慣化させること、沈黙の時間を持つこと、祈りの時間を確保することは、人間の心を整理するために必要なことなのだろう。

あの日以来、学校礼拝の中で、毎日、司会の生徒が震災のことを覚えて祈ることを続けている。心騒ぐ定期試験の朝も、学校行事で落ち着かない日も、中等部でも高等部でも毎日祈りの中に、被災者とその復旧活動へのとりなしの祈りが捧げられている。その時生徒たちは祈りに心を合わせて、意識を被災地へ向けている。こういう営みを続けることが、「忘れない」ことにつながるのではないか。今日までの守りを感謝すると共に、夏休み中もこの思いを継続してほしいと切に願わされている。

2011年6月29日 (水)

隔ての壁を越えて

 6月28日の夜、福島第一聖書バプテスト教会の牧師で今回の震災で地震・津波・原発事故の三重の苦しみを経験した佐藤彰先生をお招きしてセミナーを玉川聖学院で開催した。先生の教会は、福島第一原発から5キロ圏内にあり、教会員のほとんどが帰るべき故郷を一瞬のうちに失ってしまい、建築されたばかりの新会堂を残して、避難生活を余儀なくされている。教会に戻ることも出来ず、人たちは各地に散らされ、苦難の中に日々を過ごしている。(教会のホームページf1church.comは、リアルタイムに様子を教えてくれている。)

講演の中で印象に残ったのは、「もしかするとこの時のために私は牧師として召されたのかもしれない。」という言葉であった。苦しむことで、失うことで、亡くすことで見えてきたものがある。分かってきた聖書の真理がある。悲しみの向こう側に見る喜びがある。絶望の彼方に希望を見出す。聖書の世界がますますリアルに自分に迫ってくる。一つ一つの言葉が心に残った。想像を絶する状態の中で輝きだす真実を私たちは垣間見させていただいた。先生はこのような経験の中で隔ての壁が取り除かれていくことを体験していると語られた。周囲の人々との間の壁、教団や教派の壁、日本と外国との壁、悲しみが隔ての壁を壊していく事実を生き生きと語ってくれた。

私たちに悲しみの知らせが届いた。長い間厳しい闘病生活を送り、多く方々の祈りの中にあったチェル・バートン先生がアメリカ時間で6月26日の夕方に天に帰られた。バートン先生からの連絡によると、家族に見守られての安らかな旅立ちであったそうだ。悲しみの中にある家族のために慰めを心から祈りたい。

わたしは思った。この悲しみはもう一つの隔ての壁を打ち壊す。それはこの地上と天国との間の壁だ。究極的な悲しみの中にあることにより天国がより近くにあることを教えてくれる。親しい者の死は天国を引き寄せる。悲しみの中にあることが、より神に近づくための通るべきプロセスなのだろうか。神に近づくことが隔ての壁を壊していく。

佐藤先生は60数名の教会員と共に、今、東京の奥多摩(福音の家)で生活している。多くの方々の善意と祈りを感謝して受けとっている。受けることで見えてくる世界を、聖書の視点から力強く語っている。このような体験を聞くことを通して少しでもこの奥行きの深い世界を想像出来るものになりたい。理解し、共感し、共にこの時代を生きる者になりたい。あらゆる隔ての壁を壊すことの出来る者になりたい。圧倒的な現実の証言を聞きながら、目に見えぬ世界の計り知れない奥行きについて考えさせられていた。

2011年6月28日 (火)

今年も日比谷に響いた歌声

         去る6月25日(土)に今年も例年通りに玉川聖学院音楽会が日比谷公会堂で行われた。中高の24クラスが次々にステージに立って、練習してきたクラスの合唱を披露し、全校生徒と保護者の方々でその合唱を聞き合う時が持たれた。震災後、いろいろなものを見る視点が変わったが、静寂さの中に歌声が届けられることへの言い知れない喜びを今年は強く感ずることが出来た。

今年は例年と違ってステージの袖からその熱演ぶりを見ていたが、クラスの表情、学年の表情が実に良く伝わるとともに、ステージに立つことの意味について考えさせられた一日であった。精一杯歌い終わり、舞台袖に戻ってくる生徒たちの表情は何とも美しい。やや紅潮した面持ちで、極度の緊張感から解放され、安堵感と達成感、完全には歌いきれなかった少しの後悔の気持ちも混じったそれぞれの気持ちは素直に表面に現れている。自分たちで歌った歌詞に気持ちが入り込んでいた生徒がいたのが非常に印象的だった。いずれもある満足感を持っていた。

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この音楽会の魅力とはいったい何なのだろう。おそらくそれは、「クラス」という集団の中で繰り広げられる準備を含めた共通体験がもたらす魅力なのではないか。中学生高校生の彼らにとって、「友達の存在」は思春期の発達にとって最も重要な存在だ。友達という鏡を通して自己を見つめ、友達と話したり聞いたりするやり取りの中から「自分の存在」が確認され、自我が形成されていく。そして、集団の中の一員であるという自覚が、居場所感や自分の存在感を確かなものとしていく。それは「場の共有」がもたらすものなのだろう。

前日の夜、カウンセリング研究会の「発達障害の子どもたちへのケアに関する講演会」に参加した。児童精神科医の田中哲氏が強調していた「集団の中の育ちが最も重要」との言葉が心に残った。将来の社会生活を円滑にするためには、違った子供たちが共に学べる空間づくりが大切であること、個別性と集団性をどのような関わりの中で確立していくかが問われる、との指摘を重く受け止めた。軽度発達障害の問題がこれほど大きな問題となっているのは、彼らを受け入れることが難しくなった「集団」の問題ではなかったか、などと考えさせられた。 

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今年の音楽会、舞台の袖から眺めていると、以前にカウンセリング室や保健室で毎日を過ごして生徒たちが、真正面を向いて一緒に歌っている姿に思わず熱いものを感じた。集団の中に戻り、受け入れられ、一緒に歌っている。実に優しい友達たちに囲まれて、ステージに立っている。その横顔からは垣間見えるのは、クラスの一員である誇りなのだろう。一人一人がステージに立つことで得たものを心に刻み、大事に育てていってもらいたい。そんな思いを強く感じた音楽会だった。

2011年6月13日 (月)

今、平和を語ること

 6月10日と11日に、キリスト教学校教育同盟の総会が、長崎県諫早市にある鎮西学院で行われた。今年130周年を迎えた同校は、戦争中長崎の浦上近くに校舎があり、原爆で多くの生徒を失った過去を持っている学校だ。2年前の夏にNHKで放映された被爆生徒の安否を探し出すドキュメンタリー番組「あの日、僕らの夢が消えた」についてこのコラムにも書いたことがあったが、悲惨な被爆体験を持つキリスト教学校として、平和を作り出すことを祈念しての「平和宣言」を発信している学校だ。

 3月の大震災に続く原発の不安がまだ社会に大きな不安を与えている。私たちはこの事故の被害者なのだろうか。30年前、社会科の授業で「原発の危険性」を問題提起したことを覚えているが、自分自身この30年、何にこだわり何を主張してきたのだろうか。国全体で原発は既成事実化され、反対の意見が言えなくなった。しかし、こうして湯水のように電気を使ってきたのは私たち自身ではなかったか。補助金と雇用の創出により危険性を主張できない地元に何かをいうことは誰にもできないだろう。少なくとも一番電気の恩恵を受けてきた東京に住む者には。何もしてこなかった自分の無関心に悔いは残る。

 今回の総会では、広島、沖縄、長崎に拠点を置く同盟各校の代表者のシンポジウムが行われた。平和教育は如何にあるべきか、その歴史的な実践と今後の方向性が語られた。絶対に風化させてはならない問題を、試行錯誤しながら後世に伝えようとしている姿に感銘を受けた。それぞれに受けてきた「傷」や「痛み」を踏まえた真摯な取り組みが紹介され、大いに励まされ啓発された。「平和教育とはいのちの教育」との指摘もなされたが、私たちに出来る平和教育とは何なのだろう。目の前の生徒たちに届く平和のメッセージとはいったい何なのだろう。どのようにそれを伝えたらよいのだろう。考えさせられた。

 原爆と原発、それは科学のもたらした遺産の裏表の姿なのだろう。この国のエネルギー政策をどうするのか、「脱原発」に舵を切ることは可能なのだろうか。専門家と政治家が喧しく議論しているが、私たちはどう考えたらよいのだろう。冷房の必要な季節を迎えて、「節電」とは違う次元でこの問題に向き合うことは必要なのだろう。大きな力に掉さすことになっても、主張すべきことは言い出さねばなるまい。それが平和を作り出すことを目指す人間としての責任であるのだろう。

 少なくとも、今福島で起こっていることを意識の中に日々とどめていたい。汚染された大地で生活している人たち、特に子どもたちのことを忘れないでいたい。安全基準という言葉に逃げるのではなく、真に事態が収束するまで何年でも意識の中から切り落とすことのないようにしていきたい。それは広島、長崎の痛みを知るこの国の私たちの責任であり使命ではないか。重たいテーマに気づかせてくれた総会の日々であった。

2011年6月 2日 (木)

言葉の重さを考える

 震災発生以来、いろいろな情報が飛び交い、様々な言葉が語られている。やり場のない怒りを表す言葉、責任追及の言説、メディアから流れてくるニュースの数々を聞いていると、「言葉」というものについて考えさせられる。政治家や官僚たちの言葉と同様に、ニュースの言葉があまりに「軽いこと」が気になる。「言葉」を通して文化を伝えようとしている私たちのあり様を今、考えさせられる。

それに比べて、被災された地域の人たちの言葉には「重み」がある。困難を抱えつつ、目の前の現実と向き合って生き続けようとしている人たちの言葉は、私たちに多くのことを教えてくれる。先日、NHKで放映された「こころの時代」に出演した、地元の言葉であるケセン語に聖書を訳した医師の山浦玄嗣氏(自らも大船渡で被災後に被災者の診療に従事している)が語っていた言葉の中に、「ここの人たちは決して自然に対して恨み言を言わない」という言葉が重く伝わってきた。人生のうちに何度も大きな自然の猛威を体験した三陸海岸に住む人たちは、困難や苦難をまっすぐに受け止め、それでも生きていくという人生に対する態度を持っている。世界中の人たちに感動を与えている彼らの言葉の背後にある生きる姿勢を垣間見る思いがした。

 先日、北九州でホームレスの人たちの自立支援活動を行っている奥田知志氏の講演を聞いた。大変示唆に富んだ講演で、いろいろなことを考えさせられた。奥田氏によれば、今日の社会は「関係性の困窮」という問題をはらんでいるという。挫折を経験したり傷ついたりした時、その人を社会が支えることが出来ない。「無縁社会」が孤独さに追い打ちをかけているという。そして無知と無縁が人を自死に追いやっているとの指摘がなされた。人は人との関係があって始めて人間的な営みが可能となる。他者性を失うと自己喪失が起こる。人は一人では生きていけない。他者との間の「絆」をどのように作っていくのかが問われているという。「絆は痛みを伴う。傷を伴わない絆は本物にはならない」という言葉が深く心をとらえた。人と関わることの苦しみを知り抜いた人の言葉には説得力がある。震災後に繰り広げられるブームのような連帯意識とは異なった、「人と人とのつながり」の確かな方向性が示されて話であり大変感銘を受けた。

 真の「関係性」は、痛みや悲しみを体験し、困難や絶望を経験する中でしか作られないのだろう。人間の破れの中からしかわからない真実がある。弱さの中からしか分かってこない真理がある。そして、人と人との絆は、魂の共感、真実の「言葉」の交感の中からしか生まれてこないのではないか。出会う人たちの中に、神の隠された「言葉」を聞き取る力を自分の中に育てていきたいと切に願わされている。

2011年5月23日 (月)

春の校外授業に参加して

 先週は、中1の「オリエンテーションキャンプ」、中2の「環境学習キャンプ」、

中三の「国際デイ」「人権平和学習」と「鎌倉自主研修」、高1の「CFL(Christ for life)キャンプ」、高2の「韓国事前学習と一日研修」そして、高3の「まとめの校外学習」と、各学年で春の校外授業が実施された。それぞれの学年で準備を重ねて、皆で協力し、また良いメッセンジャーを与えられて、充実した日々を過ごすことが出来たと思う。

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私は中1と高1は御殿場の東山荘でのキャンプ、そして高3の締めくくりの山中湖での校外授業に参加した。この3日間、春のこの時期に富士山がこれほど鮮やかな姿を見せてくれた経験がないほどの晴天に恵まれて、爽やかな空気の中で校外授業は実施された。日常の学校生活とは違う個々の生徒たちの側面を見ることが出来た。積極的に人と関わることを大事にして、時を過ごしている多くの生徒たちを見ていて、このような恵みの中にあることを改めて感謝した。

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いつもながらに感じたのは、経験の積み重ねが人を成長させていくことだ。

どの学年のキャンプでも賛美が歌われる。ワーシップソングと言われる新しい賛美だ。中1と高3で同じ歌が歌われていた。新しい出会いを体験している中1にとっては新鮮な歌との出会いであり、高3にとっては宿泊行事のたびに玉聖で歌い続けてきた馴染みの賛美だ。それぞれの思いが心に響いてきた。とりわけ、高3の生徒たちにとって最後の宿泊行事の中で共に歌った数々の歌は、積み重ねられてきたそれぞれの修学旅行等の思い出と重なり、感慨深いものであった。中学生のころから見てきた彼らの「成長してきた姿」を強く感じることが出来、嬉しさに包まれることが出来た。

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 高3の生徒たちと共に3時間をかけて、「しばし、立ち止まり、ふり返り、考える」ことの演習を行った。今までの高校生活を振り返り、「終わりの始まり」と位置付けているこの時期に、自分をまとめ、これからの受験を控えたこの時期に、しっかりと自分の立ち位置を確認することを目指した「静まりと分かち合いの時」を持った。自分自身について考える時間だった。

自分の内面を探り、それを信頼できる友達と分かち合う。そんな時間が持てたらよいと以前から考えていたが、今、ここにそれが実現している。自分を語り、人の語られたことを聞く。「言葉の重さ」を大事に互いに気持ちを分かち合う。語ることで整理される自分。聞くことで響き合う心。分かち合うことで確認される信頼感。将来の旅立ちを見据えて、もう一度再確認しておきたい「つながりの不思議さ」。3時間の分かち合いを通して、晴れ晴れとした表情で今の自分を受容していった生徒たちを見ていて、その未来の可能性を強く感じた。彼らは困難な中を通っても、この絆のゆえにそれを乗り越えて行けると思った。「教育は場の提供だ」という言葉を改めてかみしめた。良いひと時だった。

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2011年5月16日 (月)

東京~祈りの輪

 去る5月14日、日本基督教団銀座教会において、都内キリスト教学校の生徒と教職員が150名ほど集まって、東日本大震災で被災された方々の事を覚えて祈る「東京~祈りの輪」という祈祷会が行われた。本校からも呼びかけに応じて多くの生徒が参加でき、祈りに心を合わせることが出来た。

はじめに銀座教会の長山信夫牧師に旧約聖書の哀歌からの奨励をいただき、その後、実家が被災地にある自由学園男子部の中高の生徒たちの現地報告、連休中に宮城でボランティアを体験した明治学院東村山高校の生徒たちの報告と証し、そしてこの集会のためにいらしていただいた東北学院高校の永井英司校長の報告があり、一つ一つの報告の間に、参加した各校の代表生徒12名による祈りが捧げられた。

震災から2カ月余り、様々な報道に接して被災地の全体像を理解しようとしている私たちに、直接自分の目で見て確かめてきた人たちからの報告を聞くことで、いろいろなことを考えさせられた。この集会の意義は第一に、キリスト教学校に通う中高生たちが、こういう形で集まることが出来たことだ。心を合わせて祈り合うことの幸いを皆で体験できたことは、感謝なことであった。短い準備期間であったにもかかわらず、各校の協力があったことが嬉しかった。学校行事のために生徒が参加できないにもかかわらず、教職員を派遣して思いを一つにしてくださる学校もあった。

第二に、生徒たちの報告が大変立派であったことだ。若いからこそ見えるもの、感じられるもの、訴えられるものがあることを改めて知ることが出来た。聞いている多くの生徒たちにも思いは伝わり、思いを共有している姿を見ることが出来た。生徒たち一人一人の祈りの中にも、響き合うものが感じられた。柔らかい心の中に植えられた種が大きく成長していくことを期待したい。

第三に、大きいな哀しみが人と人をつなげるきっかけとなったことの不思議さだ。東日本大震災は2010年度の最後に起こった。女子学院の田中院長も指摘されていたが、キリスト教学校教育同盟百周年の年度の最後に起きた事件であったといえる。百年前に、訓令12号という未曽有の宗教教育弾圧政策が各地のキリスト教学校を結びつけたように、大きな困難がキリスト教学校の真のつながりを再生する契機となることを期待したい。それが生徒同士のつながりから始められるということは象徴的な意味を持っているのかもしれない。

報告の中にもあったが、震災からの復興のためには長い時間がかかるとともに、多くの労力が継続的に払われていく必要がある。「東京~祈りの輪」も、今後も折に触れて行われることを期待したい。同時に、震災を契機に、被災地にいる生徒たちとの交流を含めて、文字通り心の輪が広がっていくことを期待したい。

2011年5月 6日 (金)

チャリティー・イべントに参加して

 昨日の5月5日、中高生徒会が主催した東日本大震災支援チャリティー・イべントが谷口ホールで行われた。生徒・保護者・卒業生に加えて近隣の方々も参加されてほぼ満席となり、盛況のうちに生徒たちの思いのこもった充実したプログラムが展開されていった。

震災発生以来、「今、私たちに出来ること」を模索していた生徒たちは、これから続く支援の長い道のりを、開かれたイヴェントから開始したいとの思いを持って、春休み明け早々からこのイヴェントの準備をはじめ、幾つかのクラブ等の協力を得てこの企画を実現させた。手話賛美、ウインド・オーケストラ、演劇部、ダンス部、聖歌隊、そして裏方に回った生徒会のスタッフたちは、それぞれの思いを胸に、「自分たちに出来ること」を集まってくださった方々に披露した。実に心のこもった素敵なステージであった。

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震災から50日を過ぎ、多くの人たちの努力にも拘らず、いっこうに進まぬ捜索と復旧・復興の道筋、見通しの立たない不安や明日への困惑の中、被災地の苦しみが続いている。復興に向かう明るい報道の陰に、日にちが経過するにつれて深まってくる人々の哀しみに心が痛む。東京にいて私たちに何が出来るのだろうか。多くの報告を聞くたびに、生徒ならずとも焦りと無力感に襲われる。私たちがしなければならないことは、関心を切らすことなく、継続して関わり続けることであろう。東北のキリスト教学校の後方支援を続けていきたいとの思いをもって、生徒たちも活動をスタートさせた。私たちも後ろから押されるような思いを持ちながら、生徒たちの演技と演奏を観賞した。

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困難な状況にある時、人は人とつながることの幸いを思い知る。悲しみが人をつなげることさえある。今回の震災は日本全国、世界各国の人たちの心に共感することの幸いを教えてくれている。心の闇や断絶が日常化していたこの国に、「連帯と祈り」という新しいつながりが与えられている。支援の輪があちらこちらで出来、人が人と共にあることの幸いを直接感ずる体験の場が設けられている。今回の生徒たちのイべントも、自由が丘商店街振興組合の支援をいただき、通学路に当たる自由ヶ丘の街の各店舗にポスターを張らせていただいた。当日おいでいただいた近隣の方々とも、良い交流の場となった。あらためて地域の学校としてのあり様を確認させられた。この関わりを大事に育てていきたい。

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連休が明け、日常の学校生活が再開された。「人と関わる幸い」を一過性のものとせず、日常的な営みの中で継続して自分たちのものにすることが出来るように祈りたい。それが、この度の未曽有の災害を通して私たちが学ぶことの出来ることなのではないだろうか。

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2011年4月20日 (水)

体育祭を東京体育館で行えた!

昨日、私たちは毎年と同じように東京体育館で体育祭を実行した。このことは当たり前の出来事ではなかった。3月11日に起こった東日本大震災の余波は、日本の各地で計画されていたイヴェントを中止させた。4月になっても東京体育館のメイン・アリーナは、様々な理由から使用することが不可能になっていた。したがって数日前まで体育祭の実行は困難な状況になっていた。私たちはこの現実と向き合わなければならなかったが、それは「信じて待つ」ことの訓練の機会であったように思う。

 

この間、生徒たちには大きな動揺はなかったようだった。「被災地の人たちのことを考え、慌てず焦らず諦めずに自分たちに出来ることをして行こう。結果より過程の中に真価が問われていることを心に刻んで準備をして行こう」と呼びかけた学校の方針に従って、淡々と準備を進めている体育祭実行委員たちの姿勢、長い間積み上げてきたダンスを準備する高校3年生たちの思いは、私たちを大変勇気づけた。しかし同時に心の奥底にある心配の種を増大させた。本当に彼らの思いに応えることが出来るのだろうか、私たち自身のあり方が問われていた。

 

確かにこの40日間は、恐怖と不安の連続の日々であった。続く余震に原発事故の後遺症としての放射能汚染の問題、計画停電に伴う交通機関の混乱、風評被害や不確かな情報の数々、生徒の安全を第一に考えなければならない学校の責任を担う者として、揺らぐことのない方向性をどう提示すればよいのか、悩むことも度々あった。保護者たちの理解と支援が大きな支えであった。しかしあの日以来、午前5時前に毎朝目が覚める。ラジオのスイッチをONにしてニュースを確認する。そんな日々が続いていた。

 

先週末に東京体育館から電話がかかってきた。「来週から体育館を再開します。お待たせしましたが、玉川聖学院の体育祭を行ってください。」との知らせであった。まさに40日目の再開の知らせであった。これは本当に不思議なことだ。聖書の示す40日とは、一つのことが成就していく象徴的な日数だ。この40日間は、私たちの神への信仰と教育の可能性への希望、そして生徒たちの健気さに対する、これらが試される日々だったのかもしれない。自分の心の揺れを感じた日々であったが、恵みによって道が開かれたことを。今率直に感謝したい。

 

そして昨日4月19日、東京体育館で今年の体育祭は行われた。すべての競技と演技に感動した。躍動する命のリアリティを実感した。全力で持てるエネルギーを発揮している生徒たちの喜びが伝わってきた。全身で与えられた今を受け取っている姿に心が震えた。1000名を超える観客とともに、喜びを共有する素敵な一日となった。闇が深いほど光は輝きを増す。私たちはこの若さの中に、明日への希望を託すことが出来ることを確認した。これからも「見えるものにではなく、見えないものに目を留めて」いきたいと心から思わされた一日であった。

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2011年4月 5日 (火)

中等部入学式

 中等部新入生の皆さん、入学おめでとうございます。ご家族の皆様、ご入学おめでとうございます。今日から皆さんを迎えて、2011年度の学校生活が開始されました。私たちの国は3月に今まで経験したことのない大震災に見舞われました。未だに安否が確認されない人たち、山村の避難所で十分な支援を受けらずに孤立している人たち、そして命がけで安全を守るために働いている人たちがいる中、こうして入学式を迎えることの出来た恵みを心の深く感じています。

昔からヨーロッパの人たち、とりわけ社会の指導的な立場にあった、恵まれている人たちの中には、沢山の恵みが与えられている者、愛を沢山受けて育った者は、その恵みを誰かのために用いていくことが当然とされていたと言われます。その伝統は今も受け継がれ、あのインドのカルカッタのマザー・テレサとその後継者の働きを支えているのは、そういう豊かな家庭に育った若い女性たちであるということです。

今こうして健康と安全が与えられて、中学校生活が開始できる皆さんは、ぜひこれから始まる多くの学びや体験を通して、自分のためだけでなく、私たちの隣人、共に生きている人たちの役に立つことが出来る生き方をしっかりとしてほしいと思います。私たち玉川聖学院では、皆さんが心と体と魂が成長できるよう支援するために。たくさんの場を提供していきたいと思っています。どうか、これからの6年間を通して、本当の自分を見つけ、自分の良さを磨いていってください。

今から100年少し前に、スイスで活躍した思想家にカール・ヒルティという人がいました。このヒルティが書いた「幸福論」という書物は、多くの人たちに影響を与えたと言われます。その幸福論の中で、「良い習慣」と題して、ヒルティは次のように語っています。

「ものを考える人なら誰でも遅かれ早かれ分かってくる一つのことがある。善(良いこと)は、常に善を生み、悪は常に悪を生む。一度起こることは、変更させられることはない。だから教育の目標は、善に向かっていく人間を育てることである。いろいろ考えなくても、即座に善を実行する傾向を身につけさせることである。

人間生活の理想は、すべての善は、習慣的に自明なこと(明らかのこと)であり、その人にとって、悪はその本性に反するために、不愉快な印象として感じられるという感覚を身に着けることである。」

 そうです。正しいこと、善いこと、真実なこと、美しいことに対して、それを当然と出来る感覚、不正や悪、不真実や心の醜さを直感的に嫌う感覚を身につけること、これこそが、<良い習慣>であり、教育の目的、学校で学ぶとは、そういうことであると語っているのです。

 私たちの社会は、それとは反対に自己中心や自惚れ、人を蹴落としてでも自分の我儘を通すことや、モノを沢山持ち、権力や名声を手に入れることだけが価値あることと思い込んでいる社会です。そうであればあるほど、この良い習慣を身につけることは、難しいのかもしれませんが、皆さんが本当に幸せな一生を送るためには、この正しいことを求める生き方を習慣化することが大切なのだと思います。人間の力には限界があります。弱さがあります。だからこそ、確かな土台の上に、それぞれの人生を築いていく中学・高校時代を大事に過ごしてほしいと思うのです。

 震災後、日本の社会は大きく変わらざるをえないと言われています。その方向はどのようなものなのでしょうか。どんな社会、どんな時代になったとしても、揺るぐことにない生き方を皆さんには、しっかりと身に着けてほしいと思っています。皆さんにとって、これから始まる6年間が、実り豊かな時となりますようにと、期待します。

 皆様の上に、神様の豊かな祝福がありますように、お祈りします。こらから一緒に意味深い6年を過ごしていきましょう。

              (2011年中等部入学式式辞)

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2011年3月28日 (月)

復興への祈り

 激震から2週間、嵐のような日々が過ぎていった。いまだに安否のわからぬ人たちが数多くいる現実は変わっていない。この国の安全が脅かされている点も変わっていない。毎日のニュースでは、聞きなれない単位が取り上げられ、不安心理が社会を覆っている。停電に節電、町の中は年度末にもかかわらず、何かひっそりしているようにも感じる。

私たちが拠り所としている「安全」は、当てにならないものであることが日々に明らかにされている。もともと大自然の驚異の前に無力な人間は、自らの心を制御することも困難なのだろうか。物質文明を謳歌している私たちに与えられた警鐘は、あまりに大きな代償を払わねばならないのだろうか。そして、目の前の水や野菜の汚染を気にしている私たちの意識の中に、いまだに情報も食糧も不足している山村の避難所にいる人たちの恐怖はどれほど深刻に伝わっているのだろうか。

ニュースの伝え方は適切なのだろうか。専門家のコメントは的を射ているのだろうか。疑心暗鬼が広がる中、人が人を信じられなくなるという危機について考える。安全が損なわれたとき、人は自分しか信じられなくなるのだろう。私たちの「理性」はそれほど正確な判断を与えてくれない。様々な声が渦巻く中で、判断することの難しさを今回も感じている。

昨年大地震の被害に合ったハイチの復興のために、骨身を削って奮闘しているシスター須藤昭子氏の書いた岩波ブックレット「ハイチ 復興への祈り」に励まされた。1976年からハイチの医療活動に携わっているシスター須藤の行動と言葉は、この時期の私たちに大きな力を与えてくれる。困難を引受け、明るく前向きに生きていく姿勢に勇気を与えられる。最後に若い人たちに向けたメッセージの中で、

「もともとひどく貧しく苦しいところが、こんどの地震でもっと

めちゃめちゃになった。そういう事実を見れば、希望は日本より

もっともっとないでしょう。でもハイチの人たちは希望を失って

いない。希望がないからこそ、希望を持つしかないんです。」

 と語っている。

困難な衛生状態とその中での医療活動、貧困と政治的混乱の中での支援活動、国づくりと農業指導、そして大地震のあとの復興支援、その一つ一つへの対応が、悲壮感ではなく現実を向きあう誠実さとして伝わってくる。「困難があっても必ず助けてくださる神様の存在に、あとになって気づくことがたびたびでした」と語るシスターの言葉に、神に託された使命に生きるとはこういうことなのだと教えられたように思った。

2011年3月19日 (土)

年度末の式典を無事終了

 大地震と大津波、そして原発の事故、この一週間、東日本は悲しみと恐怖、不安と焦燥感に包まれた。激震に見舞われた私たちは、大きな不安の中でどのように2010年度を終わらせたら良いのか、生徒たちにとって卒業式や終業式を持って区切りとすることの大切さを知るだけに、私たちは悩み続けた。日々刻々と変わっていく状況の中で、何とか式典を守りたい、生徒に達成感を持たせたいとの強い思いの中で、安全を考えた対応策を模索した。計画停電と交通機関の運休の見通し、伝わってくる飛散放射能の測定値などを考慮しつつ、何とか式典を実施したいという思いを持ち続けた。

思い出すのは10年前、韓国修学旅行直前に起こった同時多発テロとアフガンへの空爆という状況の中で、海外修学旅行を決断した時のことだ。政府からの公式見解を信じ、流言や不安感からくる不確実な情報に振り回されることなく実行した修学旅行の経験は、玉川聖学院の財産となっている。この度も、同じことが問われていると認識した。もし、「東京に危険あり」との行政からの勧告があれば、即刻式典はただちに中止する。しかし、生徒にとって、かけがえのない機会を体験させたい。そのような思いの中で、交通の安全、停電の情報等を考慮して、例年より多少縮小した形で、今年の中等部そして高等部の二つの卒業式と、残りの生徒たちの終業式を三日にわたって計画した。

緊張感と情報の絶え間ない確認の中、私たちは保護者の理解と協力を得る中で、結果として、今年度もこれらの式典を無事に終了することが出来た。ご家族の列席者も例年と変わらなかった。生徒たちは被災地への思いを胸に、それぞれの新しい出発のための大切な式典を挙行することが出来た。それは感動的な光景の連続であった。おそらく、参列した者たちにとって一生忘れることのない時間を持つことが出来たのではないかと思う。私たちは、教育の現場の持つ難しさと素晴らしさを再び経験した。

私たちはどうにもならない出来事に直面する。私たちの神は、ボンヘッファーがいうように「機械仕掛けの神」ではない。私たちの願いは叶えられないこともあるし、絶望に直面することもある。しかし、マイナスにしか見えない現実の中でも神は最善をなしてくださると信じて、焦らず慌てず諦めずに、与えられた今を引受けて、精一杯生きることが、私たちに課せられた使命なのだろう。その時、神の最善が私たちにわかってくる。今回、それぞれの式典を無事に終了することの出来たことを感謝しつつ、私たちの持つべき姿勢について改めて考えさせられた一週間であった。

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2011年2月22日 (火)

インフォームド・コンセント?

 医学の世界で一般的になってきたインフォームド・コンセントという言葉がある。医療者が患者さんに十分に病状や治療方法を告知し、治療の在り方を患者の選択に委ねる、納得の上に治療行為を行うという関係性のあり方が大切であるという考え方を指すが、この考え方は社会の中で次第に定着してきているように思う。医療者が患者の病気や生命の行方を勝手に判断しないという点で、画期的な考え方だと思っていた。このことは教育の世界にも通ずる考え方であり、私立学校は教育の方法や手段を十分知らせたうえで、学校を選んでもらうのが、私立学校の本来の在り方であると思い、そのようにありたいと「教育のインフォームド・コンセントの徹底を!」と私自身も語ってきた。

先日、キリスト教学校教育同盟のカウンセリングの研究会で、日本における在宅ホスピスケアの中心を担ってこられた川越厚先生の講演を伺った。そして私は、今まで当然だと思っていた考えに疑問を持つにいたった。講演では、告知や治療の選択という大切な課題が、医療者のペースで考えられ議論され、本来ケアの中心であるべき患者とその家族の主体性が無視されやすい現実への問題提起であった。

川越先生は同時に、終末期医療における在宅ケアの豊かな可能性について、実例をあげて語ってくださった。条件が整えられた家族の中での看取りが可能な時、人は実に人間的な最期を迎えることが出来ることを改めて実感した。大切なのは、医療者がどれだけ家族に終末期医療におけるケアの在り方や非常時への対応などを、具体的、実際的に事前にきちんと伝えられるか、見通しを持って看取りを経験できるかにかかっていることを話された。

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私の関わっている教育の世界はどうであろう。本来、子供たちが育ちゆく過程に対する援助の中心も「家庭」であるはずだ。学校教育は家庭教育のサポートをする存在にすぎない。私たちの出来ることは、思春期の発達課題に向きあう子どもたちとそれを支援する保護者達に、専門的知識と経験に基づいた具体的な教育的ケアの方法と見通しを提供することであろう。決して学校は、価値や常識の押し付けになってはいけないのだろう。同時に、明確な見通しを的確に伝えていかなければならない。それは、私たち自身の目の前の生徒・保護者への「寄り添い性」の中に実現していく課題であるのだろう。生徒・保護者をチームの一員をして尊重する態度が何よりも重要なことを、改めて感じることが出来た「ひと時」であった。

2011年2月18日 (金)

生の冒険

 今年度、保護者向けの人間学講座の一環として、数十人の人たちと共に読書会を行ってきた。毎回、良い学びの時を持つことが出来たが、先日、スイスの精神科医であったポール・トゥルニエの「生の冒険」から学んだ。自分にとっても大切な書物であり、今までに何度か啓発され勇気づけられ、考えさせられてきた大切な本を、学校で一緒に読むことが出来た。

保護者の世代は、人生の春を生きる子どもたち、夏を生きる自分自身、そして秋から冬を生きる自分の親世代と、人生の様々な様相を鳥瞰しながら、同時に自分のこととして課題や問題に直面させられている世代だ。今年一年の学びの中で、そのことを深く理解することが出来た。そして様々な課題を抱えつつも、それを引受けて自分の生を積極的にとらえようとしている人たちの存在に励まされた。学ぶことへの渇望も感じた。

人生は冒険の連続であり、その冒険が人や状況を活性化させる。人間に与えられた自由意志を用いて選択することそれ自体が冒険だろう。見渡せば、毎日の課題の中にそして自分の生きていく道程の中に、冒険への誘いは満ちている。それをしっかりと引受けていくときに、より本当の自分に近づいていく。プラスもマイナスも、成功も失敗も、すべてのことの中に、限りない冒険の醍醐味が隠されている。そのことを意識で来ることは幸いなことなのだろう。

今年度の入試のシーズンが終わろうとしている。今年度、中等部入試は本校だけではないが、予想以上に厳しいものだった。本校でも合格者の中から、他校へ抜けていくものが例年に比べて多く、何とか定員近くの入学者は確保したものの、今後も難しい状況が続くことを予感させられる結果となった。改めて、私たちの学校がなぜこの地にこの時代に建てられているのか、問い直す機会になっているように思う。そして私たちはまた、新たな「生の冒険」を始めていくように誘われているのではないだろうか。今までの枠組みや既成概念を超えた新たな挑戦、建学の精神を生かすための新たな冒険が始まっていくのではないか、それを「生の冒険」と受け止めて、積極的な教育を展開していく勇気を皆で共有していきたいと願わされている。

2011年1月28日 (金)

関わりの中から生まれるもの

 1月の下旬に二つの中学生の学校行事、「修了論文発表会」と「英語スピーチコンテスト」が行われた。中等部の生徒全員が集まって、代表者の発表を聞くという形式で一年間の学習の成果の発表がなされた。

修了論文発表会は、中学3年生が総合学習のまとめとして1年間かけて作成した論文の発表であるが、本校の全教職員が一人一人のチューターとなって、各自のテーマをまとめて論文化する作業を支援する。発表にふさわしい代表者のまとめを全校で聞きあうという行事が発表会だ。作成された論文はすべて校内にウェブ上に公開されている。今年も「頭と心のつながり」「インターネット時代の音楽ビジネス」「優れているとは」「ヒトラーと民衆の心理」など興味深いテーマの8人の発表の場となったが、中学生らしい真実で意欲的な発表だった。

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また、英語スピーチコンテストでは、英語の時間や学年で行った各自のスピーチのうち、各学年の優秀者による発表を聞くことが出来た。発音の流暢さと共に表情の豊かなプレゼンテーションを楽しむことが出来た。スピーチ部門の内容は、いずれも他者との関係性に注目しつつ、自分自身の視野の広がりを発見していく大変立派な内容だった。

このような中学生たちの姿勢の中に大切な教育の課題が見えてくる。人は人と関わる中で人間になっていくと言われるが、それは「語り」「聞く」という日常的な営みと、発表したりまとめたりする作業を通して確かなものになってくることを改めて実感する。人間関係が希薄になってきた現在、学校という場は、この関係構築を通して「自分自身になっていく」大切な場であるのだろう。語り合うこと聞きあうことを通して形作られる「考え」が自分を作っていく。自分と異なった他者と出会うことで、広がりと奥行きを獲得していく。この作業の現場が学校ではないだろうか。

今回の二つの発表会は、ごく自然な形で世界とそこに住む人たちが私と関係のある存在であることを意識した発表だった。自分と異なった境遇や環境の中にある人間に対する思いやりを感じさせる発表だった。生徒たちの中に形作られている他者との関係性の豊かさを嬉しく思った。その視野をさらに広げること、その過程で一人一人がミッション(使命)を発見していくことを教育の目標としたいと改めて思った。それは小さな日常の関係性を大事にすることからしか生まれてこない。教育の中身が問われていることを心していたい。

2011年1月20日 (木)

何のために生きるのか

 新聞各紙は年明け早々に警察庁が発表した昨年の自殺者の統計を報道していた。一昨年より3.9%ほど減少したものの3万1560人で、13年連続3万人を超えていた。政府が昨年2月に「いのちを守る緊急プラン」

として自殺防止の総合的な対策を打ち出したにもかかわらず、究極的な孤独死である自殺は、この国の最大の問題として存在し続けている。

圧倒的にニヒリズムが社会を覆っている現在、私たちは人と人とのつながりをどのように回復することができるのだろうか。明日への希望をどのように提供することができるのだろうか。人間を信じることをどのように伝えていくことができるのだろうか。

先日の午後、「ヤコブへの手紙」というフィンランド映画を見てきた。登場人物も全編を通して数人だけ、北欧のモノトーンの風景の中で繰り広げられる静謐で味わい深い映画を堪能した。人々からの相談の手紙を待つ盲目の老牧師のもとで、恩赦で出所した女性が手紙を代読する仕事を与えられてやってきた。彼らのやり取り、手紙を配達する郵便配達夫を加えた三人だけが登場する一つ一つの場面は、哀しみと孤独、不信と心の破れの中で、人が生きているとはどういうことか、愛されることと愛すること、誰かのために役立つこと、生きる使命など、いろいろな人間の根源的な「いのちの意味」を静かに考えさせてくれた。心の回復、癒し、赦しは、愛されていることの自覚からしか始まらないことが伝わってくる。

http://www.youtube.com/watch?v=ylBGumYqaws

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。」

                 (第一コリント13:4~6)

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映画の中で象徴的に用いられていた聖句は、愛の何であるかを示してくれる。同時に私たちはこの壮大な愛の世界には到底辿り着けない現実があることも教えてくれる。自惚れ、自己中心、虚栄、尊大さが愛の邪魔をする。けれども、絶望することなく、この愛の世界を追い求めることが、人と人との関係を回復させる唯一の道であることを私たちは知るのだ。

人は神に愛されているかけがえのない存在であることを、何としてでもわかってほしい。子供たちは社会のセンサーであるなら、孤独感に覆われてしまう前に、人と共に生きる幸いを伝えていきたい。そのために建てられているのがミッションスクールなのだから、やはりここからそれを始めたいと強く思わされている。

2011年1月11日 (火)

正しさの追求

 旧約聖書に出てくるエレミヤという預言者は、神の正しさを伝えた人物でした。それ故、当時の人たちからは嫌われ、人間的には不幸と思える生涯を送りました。彼の肖像画をミケランジェロもレンブラントも「苦悩を背負った人物」として描いていますし、内村鑑三はエレミヤを「涙の予言者」と呼びました。

 

 彼は人々が好む「安心」や「慰め」の言葉を語りませんでした。祖国ユダ王国が敗北してバビロンに連行されることを語ったのです。それゆえ、彼は捕えられ、自由を奪われました。しかし、それでもエレミヤはなお語るのです。そして近い将来、バビロンの大軍がこの国を滅ぼすことを告げるとともに、その後に「神による回復があること」を預言したのでした。その言葉ほど古今東西の数えきれない人々に勇気と励ましを与えてきた言葉はないのではないかと思うのです。

 「わたしを呼べ。そうすればわたしはあなたに答え、あなたの知ら理解を越えた大いなることをあなたに告げよう。」(エレミヤ書33章3節)

絶望的に見える現実の中で、しかも近い将来に起こる悲劇を見据えたうえで、その中にあっても決して失望することなく信じ続けることによってもたらされる希望があること、癒しと回復は絶望の向こう側にあることをエレミヤは語ったのでした。そして、エレミヤの預言は当時に人たちばかりでなく、その後の歴史の中で、そして2500年後の私たちにも、希望のメッセージとして届けられているのです。

 さて、私たちの現実はどうでしょう。今、皆さんは今の自分の延長線上に明るい未来を描くことができますか。等身大の自分の向こう側に大きくなっている自分を見ることができますか。皆さんが直面しているのは、安易な楽観論、「何とかなるのではないか」という考えですか。将来に対する不安がありますか。恐れや苛立ち、痛みや焦燥感を感じていませんか。「どうせ、私なんか」という思いはありませんか。エレミヤは大きな悲しみ、挫折、困難、痛みを味わった向こう側に本当の希望があることを語っています。

 2011年の世界も決して明るくないスタートとなりました。新年早々、最初に飛び込んできたニュースは、エジプトの教会に爆弾が投げ込まれて新年を祝う礼拝に集まっていた21人の命が失われたというニュースでした。あの同時多発テロから10年、いかに多くの命が戦争とテロによって失われていることでしょうか。憎しみの連鎖が止まりません。先日もアメリカで銃の乱射事件がありました。この世界に平和は訪れるのでしょうか。

 世の中全体が暗闇に覆われていると思える状況の中で、希望を持つことはできるのでしょうか。昨年、ハーバード大学のサンデル教授の「これからの正義の話をしよう」という本が話題になりました。冬休みにゆっくり読みましたが、やや難解な本がよく売れたことに驚きました。そこには「正義」「道徳」「倫理」など、今まで捨て去られようしていたテーマ、「正しさの追求」が語られていました。もう一度、真実や正しさを考えてみようという主張、答えの出ない問題もしっかりと考えてみようと語られていました。政治のこと、社会のこと、人間のこと、そして生き方をもう一度「考えてみよう」と勧めている地味な本が、これほどまでに大学生たちの関心を呼んでいることに驚きました。

 昨年、長年バングラデシュで貧しい人たち、知的ハンデを持った人たちと共に暮らすラルシュ共同体で活動する司祭であるブラザー・フランクが来日されました。彼はフランスの「テゼ共同体」というカトリックとプロテスタント、ギリシャ正教会という宗派を超えた「祈りの共同体」の一員でもありますが、その講演の中でテゼ共同体の創始者ブラザー・ロジェの言葉を引用してこう語りました。

「新しい科学技術がこれほどの速度で進化を遂げる中、いのちの根本的な価値にいつも気づいていることが大切です。根本的な価値とは、人の悲しみや弱さに寄り添う憐みの心、単純素朴な心、澄み切った喜びを持つことが、困難な社会に中にあても正しく生きることにつながるのです。そして、「愛を選択すること」です。」

 私たちはあまりに複雑な社会の中で、複雑な人間関係、社会関係の中で縛られ、自由を失い、生きる気力を奪われています。現実のみに心を奪われて希望を失っています。もう一度、人間の原点に戻って、エレミヤに告げられた神の言葉を単純に信じるところから今年も始めたいと思います。目に見えるところは不安や恐れや弱さがあっても、私たちの理解を越えたことをこの身に起こしてくださる。だから、愛を選択していこう。……そのことが実現する一年であってほしいと心から願います。皆さんにとって、この一年が今まで以上に充実した年となるよう心から祈ります。        

                      (冬季開始式 式辞)

2010年12月22日 (水)

心からのメリークリスマス

 今年の玉川聖学院のクリスマス礼拝は淀橋教会の峯野龍弘先生を講師として迎えて、12月21日(火)に行われた。「インマヌエル~わたしの体験したクリスマス」と題した力強いメッセージは、玉川聖学院の創立60周年にふさわしい礼拝メッセージであった。

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「神が私たちと共におられる(インマヌエル)」ことを大切にすることは、創立者谷口茂壽先生が幻をいただき、玉川聖学院がその歴史の中でいつも心してきた学校の方針でもあった。何を第一にするのか絶えず問われる中で、選び取ってきた方向性であった。たとえ、社会的に見てどのような成功があったとしても、この精神が損なわれたら玉川聖学院はその存在意味を失うであろう根本に関わるテーマを、60回目のクリスマスに当たって再度確認させられたことは幸いであった。

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それにしても生徒たちの賛美は素晴らしかった。高等部各学年のメサイアからの合唱、中等部の各学年の賛美、どの学年の賛美にも魂が込められていた。音楽表現としての完成度も高くなったが、それ以上に心からのクリスマスの喜びが表現されていたことが何よりも嬉しかった。生徒たちの心の中にクリスマスの本当の意味、愛と喜びの訪れのメッセージが、歌声と共に刻み込まれていくことを心から願っている。

今年もクリスマスの諸行事も榛名のクリスマス訪問を残して無事に終了した。一つ一つの行事の中に生徒たちの誇りを感ずることが出来た。今、ここにいるありのままの自分を受け取り、受け入れ、その自分にできる方法で自分を高めていこうとする態度こそ、思春期を過ごす子供たちにとって、最も大切な発達の課題と言ってよいだろう。

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生徒たちの周囲の環境は決して人間を大事にしようとしない風潮が強い社会だ。心の闇が支配しているような世界が広がっている。そんな時代にあっても「人間らしく成長すること」を伝えていきたい。自分の中にあるマイナスをも引き受けつつ、光に向かって歩み出す精神を養っていきたい。クリスマスを心から祝うことの出来る精神を培っていきたい。節目の年のクリスマスに改めて自分たちの立ち位置を確認させられたクリスマス礼拝となった。心から、メリークリスマス!

2010年12月 8日 (水)

お帰りなさい~クリスマス賛美礼拝

 「卒業生の皆さん、お帰りなさい。」の司会者の挨拶で始まったクリスマス賛美礼拝が、今年も12月4日(土)の午後に行われた。早いもので、今年で15回目を迎えたクリスマス賛美礼拝は、保護者と卒業生の参加で谷口ホールが満席となり、活気あふれるひと時となった。

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音楽系クラブの生徒たちが誇りを持ってクリスマスカロルを演奏し、卒業生が歌声を響かせ、バートン学院長がメッセージを語り、全員で讃美歌やハレルヤコーラスを合唱するという形が毎年続けられているが、今年は60周年の節目の年とも重なり、卒業生デュオのオリーブも駆けつけてくれて、大変充実したプログラムとなった。クリスマスの喜びを皆で共有することが出来た。同窓会・PTAの協力で善き交わりの時ともなった。

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卒業生たちにとって、「帰ってくる場所」があることは幸いなことだろう。卒業してそれぞれの人生の旅路を辿りつつも、魂の故郷を持っているということは大きなことに違いない。いつでも戻れる空間、戻ると自分の原点を思い起こさせてくれる場所、そして変わらない「流れている空気」。そんな学校であり続けることが、学校として創立者の精神と伝統を継承することなのだろう。卒業生にとって、安心して戻れる場所であり続けたい。懐かしい顔に再会し、その近況を聞きながら、この思いを強く持った。

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私たちの社会は大きく変化している。この10年でどれだけ様々な環境は激変したことだろう。世の中全体のものの考え方や感じ方、文化そのものが随分変わってきているように思う。当たり前と思っていることの変化に戸惑うことも多い。家族関係を巡る変化の大きさに驚き、そのことの故に起こりくる思春期の心の揺れを受け止めていくことの難しさを実感する。教育の現場の困難さは年と共に大きくなっているように思う。

しかしそうであればこそ、闇の中の光は輝きを増すだろう。揺らぐことなく教育の本質と向き合っていくことで、伝えられるものが多くあることを大事にしたい。創立以来60年にわたって培われてきた建学の精神を、今の時代の言葉に「翻訳」し続けることが、これからの時代にとっても大切な姿勢となるだろう。そしてそれが卒業生たちにとっての「魂の故郷」として一貫して変わらない空気の醸成にもつながっていくものと信じたい。「お帰りなさい!」と心から言える学校であり続けたい。

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2010年11月29日 (月)

地の上に平和が

 北朝鮮からの挑発なのだろうか、韓国領内への砲撃のニュースが流れた。韓国修学旅行の後一ヶ月という時期なので、余計身近にこの事件を考えさせられる。朝鮮戦争は終わっていない、休戦状態にあるだけと言う歴史的事実をこの一撃は思い起こさせる。国際政治は力による均衡だと言わんばかりに、アメリカと韓国軍による合同軍事演習も実施されるという。この秋には尖閣諸島をめぐる中国との問題もあったが、日本に近辺での危機を実感する数々の事件に、心が騒ぐ。

そんな中で先週末に、60名近い生徒たちが参加して「社会科巡検」が行われ、横須賀へ行ってきた。海軍の町、アメリカ第7艦隊の基地、海上自衛隊の駐屯地である横須賀は、国際政治と直結している街だ。軍港廻りでは、アメリカの原子力空母「ジョージワシントン」は、黄海の演習に参加していて停泊していなかったが、潜水艦、イージス艦、駆逐艦、掃海艇など、時々ニュースに出てくる軍艦を間近に見ることが出来た。目で見ることで伝わるものも確かにある。私たちの国の平和について、観念ではなく現実の問題として考えなければならない。一体、国を守るとはどういうことなのだろう。

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先日、キリスト教学校教育同盟100周年の記念会が開催されたが、キリスト教学校の100年の歴史の重みを考えさせられた。そこには国家の教育に対する干渉とそれに翻弄されてきた学校の歴史、その中で苦闘した先人たちの姿があった。様々な軋轢の中で、絶望の向こう側に光を見出そうとしてきた先駆者たちの信仰に触れることも出来た。しかし、それは過去のことだけではないのだろう。これから、私たち自身が直面させられる課題なのかもしれない。少なくとも、私たちの意識を高めれば見えてくる問題が多くあることに気づく。いったい、どこに向かって進めばよいのだろう。

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今年もアドベントに入った。「地の上に平和が、御心にかなう人々にあるように。」と歌った天使たちメッセージはどのように届いたのだろう。またどのように届ければよいのだろう。願わくは人間性が否定され、憎しみの連鎖だけが生み出される戦争が起こらぬよう、目の前の現実を直視しつつ祈りたい。そんなクリスマスを迎えたい。

2010年11月11日 (木)

 一つの道に励む

       先日素敵なリサイタルに出かけた。若い頃に聞いた、当時新進気鋭のピアニストであった北川曉子氏の演奏を、数十年ぶりに聞く機会を得た。演奏の素晴らしさを堪能すると共に、様々なことを考えさせられた夜だった。

現在、東京芸大の教授として多くの後進の指導に当たりながら(実は今年度の教育実習生であった卒業生の指導教官として先日来校され、お目にかかった)、演奏家としての矜持をしっかり持っておられ、演奏もますます磨かれておられる姿に大いに啓発された。自らを聴衆の前にさらすということは、社会的立場が大きくなるほど大変なことだが、一演奏家としての謙虚さと誠実さを持ってピアノに向かっている姿に感銘を受けた。

 端正な演奏スタイルは変わっていなかった。一つの道を追求し続けたからこそ、変わらぬ確かなものが存在することを改めて教えてくれた。人は変わりやすいものだが、流されることなく音楽の世界を追求することで磨かれていくものがあることを実感した。教育の現場はどうであろうか。

 もう一つ感じたのは音楽に対する愛情の深さだった。モーツァルトもべートーヴェンもバッハも実に豊かな音色だったが、音楽そのものが伝わってきた。最近の演奏者の中には、自分の個性だけが前面に出て、音楽が消されているステージもあるのだが、音楽を愛し、そのことを伝えたいという意図が演奏に表れていた。大切なものを聴衆に手渡したいという思いが込められていることを、聞きながら感じていた。

これらの思いは、私が教師という職業にあるから感じる思い込みかもしれないが、心に響いてくる共通のトーンを感じ取った。私もこれから授業の現場を持ち続け、生徒の前に自分を置くことだけはずっと実践し続けたいと強く思わされた。大変励まされ、チャレンジを受けた夜であった。

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2010年11月 1日 (月)

秋の校外授業終了~韓国で考えたこと

 10月の第4週には、各学年の校外授業が行われた。今年も中1,2合同のJキャンプ、中3の西九州修学旅行、高1の施設訪問、そして高2の韓国修学旅行が一斉に実施された。今年もそれぞれに良き準備と学年の生徒たちの協力によって、大変有意義な時も持つことが出来たようだ。毎年、外に出ることには緊張感と不安感を感ずるが、実際に体験してみなければ分からないこと、自分のものになっていかないものも多くあり、秋の校外授業はそれぞれの学校生活において特に重要な位置を占めているように思う。そして、それぞれの学年の生徒と教師にとって、これが終了した時の安堵感と感謝の心は格別のものであるように思う。

私は2年ぶりに韓国修学旅行に同行した。2001年、あの同時多発テロ直後の緊張感の中で実施されるようになって以来10年、韓国修学旅行は毎年創意工夫が重ねられ、充実した内容と行程のプログラムとなった。慶州やソウルで韓国の歴史や文化に触れ、20世紀にあった両国民の間の不幸な出来事についても深く考える機会も持った。そしてまるで国内旅行のように、ソウル市内を地下鉄に乗って、クループごとに現地の地図を頼りに自主研修することも可能になった。日本の高校生を代表しているという気持ちを持って堂々と行動している生徒たちを見て、誇らしくも思った。充実した5日間だった。

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しかし、なんと言ってもこの修学旅行の中心は、現地の人たちと直接触れ合うことだろう。3日目の夜には、永楽教会の青年聖歌隊のメンバーとの交流会をもち、4日目には午前中をかけて崇義女子校の高校2年生との交歓会の時を持ったが、これからの21世紀を担う若い人たちの間の交流は今後への明るい未来を予見させてくれた。「友情の誓い」の宣言を取り交わす両校の生徒たちの姿がまぶしいほど輝いて見えたのは、私が歳を重ねてきたからだろうか。

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しかし、同時に韓国の現実を知った。永楽教会の吉田耕三牧師が語った祈りの課題である「南北分断の現実」について考えさせられた。家族を大事にするこの国の「離散家族たち」の心の傷は、新年を迎える度に強まることも知った。確かに、崇義女子校は宣教師によってピョンヤン(平壌)に創立されたし、永楽教会の基礎を築いたのは北を追われてきた人たちの祈りによっている。いずれかの日に北朝鮮で信仰の自由が回復される日が来ることを祈る真摯な姿勢に啓発された。この危機感が彼らの信仰を強めているのかもしれない。

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生徒たちにとってこの韓国修学旅行の体験が、アジアに住む一人の人間として、関心を持って世界の現実を知ることの第一歩となる事を願わずにはいられなかった。隣人となることの良い学習の機会であったと思う。

2010年10月27日 (水)

キリスト教教育の可能性を見据える

 10月23日(土)の午後に、創立60周年記念のシンポジウムが行われた。テーマは「今日のキリスト教教育の可能性」。教育の隣接分野で活躍されている方々を4人の方々を招いて、キリスト教教育に関する具体的な提言をお聞きする時を持った。

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はじめに開発援助の活動で世界中の子どもたちの現実を見ている片山信彦氏(ワールドビジョンジャパン事務局長)から、内向きになって関心を切らしてしまう現代の傾向の中で、目を世界に向けること、異なった人たちと共存することの意味を伝えていくことの大切さが語られた。次に児童精神科医の田中哲氏(都立小児総合医療センター副院長)からは、うまく自分を枠づけられない子どもたちの現実と親子関係を中心とする「育ち」の問題を見据えた、これからの教育のあり方が提言された。また、30年以上玉聖のワークキャンプを受け入れてくださっている原慶子氏(社会福祉法人新生会理事長)は、生徒たちが「高齢者との出会いという体験」を通して変化していく現実をふまえて、物質主義に占領されない精神性(スピリチュリティ)の必要性を熱く語られた。そして最後のパネラーである、大学と神学校でも教鞭をとっている藤本満氏(インマヌエル高津教会牧師)は、ミッションスクールの果してきた歴史的役割と今日的な意味について、教会との関係の中でどのようであるべきかが語られた。

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それぞれのフィールドの第一線で、目の前の一人を大切にしながら人との関係性の中で仕事をしている「個性的で魅力あふれる」パネラーの存在自体が、キリスト教文化の社会への発信の姿そのものであった。また、4人の方々の中に、与えられた使命の中に真実に生きている者たちが発見できる共通の真実があることを、聞いている私たちに余すところなく示してくれた。楽しく挑戦的な時間を共有することが出来たことを嬉しく思った。それにしても、何と豊かな時間であったことか。

しかし同時に次のようなことを考えていた。私たちは語られた「教育の可能性」について、どれほど真剣に向き合っているだろうか。形やカリキュラムの上で置かれている教育内容に満足することなく、子どもたちの将来を見据えた実験的な営みをどれほど実践しようとしているだろうか。「社会に対しての発信」足りうる教育を行っているだろうか。

創立60周年を締めくくるシンポジウムを通して、やり終えない宿題を抱えている夏休み終盤の子どもたちのような心境を味わうことにもなったような気がする。同時に、課題をしっかり見据えた新しい一歩を踏み出そうと心に決めることが出来た一日であった。

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2010年10月12日 (火)

二人の芸術家を想う

今年は作曲家ショパンの生誕200年目にあたるということで、ショパンの音楽を聞く機会が多くある。戦乱のために帰るべき祖国を失って、39歳の時にパリで客死したポーランド人の繊細な音楽は、聞く私たちに透明な悲しみを与えてくれる。ノクターン、ポロネーズ、マズルカなど故郷の響きを思い起こさせるピアノの旋律からは、彼のさまよう魂の叫びが伝わってくる。

この秋、六本木の新国立美術館で開かれている「ゴッホ展」は、丁寧に一人の芸術家の軌跡を追った展覧会だった。ショパンの死の4年後に生まれ、19世紀の後半を生きて、37歳で自らの命を絶ったオランダ生まれの画家の作品は、一つ一つが圧倒的な存在感を持っている。様々な芸術家の影響を受けながら、独自の世界を追求し続けたゴッホが辿り着いた凄まじい世界(岩波ホールで先週まで上映していた「セラフィーヌの庭」に通ずる狂気)、見てしまった現実が痛々しい。

二人の芸術家に共通しているのは、30代で若くして逝ったことと作品に見られる独自性、それに背負っている悲しみの重さだ。新美南吉の「でんでんむしの悲しみ」の中に、「それはあなたばかりじゃありません。私の背中の殻にも、悲しみはいっぱい詰っています」と友達のでんでんむしが答えるフレーズがあるが、彼らの作品から感じ取ることの出来る悲しみが、私たちの心に奥底に伝わってくるという点でも共通しているように思う。

芸術家たちが後世に大きな感化を与えるのは、彼らの作品が人間の本質的な部分に触れる何かを持っているからであろう。私たちはこういう作品に導かれて自分の心の闇や痛みと向き合うことが出来るのだろう。芸術の秋、少し立ち止まって自分自身の内側と向き合ってみることは、私たちにとっても必要なことではないだろうか。

2010年9月18日 (土)

生きることの単純さ

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玉川聖学院ではこの秋、創立60周年を記念してアフリカのウガンダの子供たちのクワイヤーである「WATOTO」の特別コンサートを実施した。圧倒的にパワフルな子供たちの歌と踊りに全校生徒が魅了される時間を持った。エイズや紛争によって孤児となった子供たちが、キリスト教団体の支援の手によって、新しい家族と人間関係が与えられ、生きる希望と誇りを持って、笑顔で自分の将来の夢を語っている姿に感動した。

玉川聖学院の創立者である谷口茂壽先生は、「信仰と希望と愛」以外何もなかった学校に、明るい将来を見ていた。先生に与えられた今ある恵みの延長線上に、約束として与えられる確かな祝福を見ていた。60年後の今日を見通す預言者的な眼を持っていた。

藤木正三牧師の「灰色の断想」(ヨルダン社)の中に、「生の単純」という断想がある。

「予言者はなぜ世に対して鋭い洞察をなし得たのでしょう。社会や歴史を広く学んでいたからではありますまい。彼の目はむしろ自分を見ていました。自分の妄執の中に世の妄執を、身に味わったさばきのなかに世のさばきを見ていました。彼にあっては、歴史は複雑に見えて実は彼の生きる姿の中に単純に展開されたのです。今日の問題は……私が生きているという単純さを見失ったところにあるのではないでしょうか。病める時代には、この単純さは洞察となり、抵抗となります。」

谷口先生は神の祝福のみを見通しておられたのではないだろうか。いつも目の前には問題は山積していたけれど、いつも谷口先生は単純に先生自身が味わっておられた神に対する絶対的な信頼を土台において、その延長線上に玉川聖学院の未来を見ておられたのではないか。玉川聖学院の60年の歩みを振り返るときに、そのことに気づかされた。だから私たちは今、率直にここにある恵みを数えることをしていきたい。節目のこの時に感謝の塚を築きたい。そう思わされる60周年である。

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2010年9月17日 (金)

60周年の贈り物

玉川聖学院はこの秋、創立60周年を迎えた。記念礼拝か始まり、記念行事が目白押しに続けられている。それぞれに意義深い行事になることを切に祈っている。

この度、60周年を記念して、「いつまでも残るもの」と題するCDが制作された。玉聖の心が詰まった素敵なCDになった。こんな音楽の贈り物を提供できることを心から嬉しく思った。私がCDジャケットに書いた文章を転載したい。

CD制作にあたって~湧き上る賛美の泉

 60周年の記念に、生徒たちが歌える愛唱歌を創りたい。音楽的にも素晴らしい校歌を有している玉川聖学院にとって、もう一つの生徒たちの気持ちを表現するような歌を持つことが出来たらとの願いは、シンガーソングライターである沢知恵さんの協力によって、二曲が誕生することで叶えられた。彼女自身が玉聖の礼拝に参加し、生徒たちの間に入り、学校行事を体験し、学校の空気をいっぱい吸うことで、心に生まれてきたメロディを歌にしてくださった。この春生まれた「ありのままの私を愛して」は生徒たちの心の琴線に響く歌として、すでに生徒たちのものになりつつある。キャンプや集会の中で喜んで歌われ始めている。今回、卒業生でデュオとして活躍しているオリーブ(小柳永子さん・東亜以子さん)の二人が、この歌の心を受け取って、CDに収録してくれた。もう一曲の「信仰・希望・愛」は、式典等で聖歌隊に賛美されている。

 玉川聖学院高等部での毎朝の礼拝で、聖歌隊の生徒たちによって歌われているのは、本校の生徒たちが音楽の授業の創作活動の一環として作られた、聖書のことばに合わせて作曲したオリジナルな讃美歌だ。歌われる一つ一つのみ言葉は、生徒たちが学校生活の中で心に刻み込んだ各々の大切な宝物だ。その恵みを全校生徒が分かち合う。礼拝の始まりにふさわしい瞬間だ。賛美の力を実感するひと時だ。ここに玉川聖学院の心がある。

是非この心を伝えたいと願い、このたびの60周年記念CDの制作に当たり、その賛美のうちの一部を収録した。まぎれもなく生徒(卒業生)たちの賛美の心が、この中に満ち溢れている。

 60年前、この地にミッションスクールが誕生した時から、生ける川の水が流れ出すように、賛美の歌声が湧き出てきたように思う。心からの賛美は人の心を潤し癒す力を持っている。この喜びが人から人に伝えられ受け継がれてきたのが、この学校の歴史ではなかったか。

そして今、歴史の一里塚としてこのCDが制作された。数十年後にこの学校に関わっているだろう人たちが、「私たちと変わらぬ心がここにある」と、この古いCD(その頃は録音機器も変わっているだろう)を聞く時に感じることが、出来たら何と言う幸いであろうか。この泉は枯れることがないのなら、そのことは夢ではないのだろう。そのように信じられることが私たちの幸いなのだと思う。

このような思いが、この歌を聞いていただいた皆様の心にも届くことを願っています。どうぞ、ごゆっくりお聞き下さい。主の祝福を祈ります。      

聞くたびに魂に安らぎが与えられる素晴らしいCDとなった。神様からのプレゼントのような気がしている。

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2010年9月 2日 (木)

秋の学校生活を始めるにあたって

今年の夏は「猛暑」という言葉がぴったりの、例年以上に暑い日々が続きましたが、皆さんはどのような夏休みを過ごしたでしょうか。厳しい暑さの中だからこそ培われたもの、鍛えられたものも多かったと思います。「あの暑い夏に頑張れた」という記憶は何年たっても心に刻まれているでしょう。クラブ活動に、受験勉強に「ひたむきに過ごした夏の思い出」は、皆さんの宝となるでしょう。

 

皆さんはこの夏にどんな体験をすることができましたか。私にとっての大きな体験は、佐渡に行って、トキが大空を舞っている姿をこの目で見たことでした。「ニッポニア・ニッポン」という学名の付いたトキがこの国で絶滅してしまった悲しい物語は、幾度か聞いていました。しかし、トキの最後の生息地であった佐渡の人たちは、中国産のトキを人工飼育して自然の姿に戻るための訓練を受けさせ、トキと人間が共生できる自然環境を整えるための協力を住民ぐるみで進めました。自然を元に戻すために、農薬の使用を制限した有機農業を取り入れ、里山を回復させ、子供たちはごみを拾い、自然環境を取り戻す努力を続けました。そしてトキの自然復帰を実現させたのです。

この夏、佐渡の空を舞う一羽のトキの姿に感動しながら「生物多様性を守ること」について考えました。私たちが生きていくためにはあらゆる生物がバランスよく生息できる環境が必要です。そのバランスが崩れるとき、虫も鳥も人間も生きられない世界になってしまいます。創世記の冒頭に、神が世界を創造されたとき、この絶妙の生物バランスは「すべて良かった」と記されています。人間だけの自分の都合で自然を破壊してきた事実をしっかりと考えていくことは大事なことでしょう。トキの住める環境は人間にとっても良い環境であるという佐渡の人たちの判断は正しいと思います。そのために面倒をかけても、自分たちの生活を少し我慢しても、本当に人間のためになる道を選択した彼らの知恵にエールを送りたいと思いました。

さて、私たちはこれから秋の歩みを始めようとしています。私たちは毎日毎日をしっかり生きていくために、佐渡の人たちが選択したように、目先の楽なこと、自分の利益だけを求めるのではなく、本当に生きていくために必要なものを選び取っていく日々にしていきましょう。自分のことだけでなく、他者と共に生きていることを自覚し、関心の範囲が楽しいこと得になること快楽に集中するのではなく、粘り強く目の前に与えられた困難に挑戦していく歩みができたら幸いです。

イタリア在住の作家で「ローマ人の物語」を書いた塩野七生さんが、「日本人へ」という本を書いていますが、物事を判断するために必要なものとして「想像力」をあげています。「想像力が動き出すのは疑問を抱いた時からだ。疑問を抱くのは壁に突き当たったからである」として、「苦労や挫折をしない人は、想像力を働かせることが乏しくなり、大切な時に失敗してしまう。想像力も筋肉の力と似て、訓練を重ねていないと劣化してしまう。」と書いています。そして「自分ならばどう考えるだろうか」と想像力を働かせることが、判断力を鍛えるスタートラインになることを記しています。

この秋の一日一日、目の前に起こってくる一つ一つの出来事を前に、いつも想像力を働かせて、自分は何を選択すべきかを考えることのできる日々としてください。良い時としましょう。  (秋季開始式 式辞)

盛況だった同盟100周年音楽祭

この夏は猛暑が続いたが、学校は休み中にもかかわらずクラブ活動等が活発に行われている40日だった。この暑さの中「ひたむきに練習する生徒たち」の姿を垣間見ることのできた幸いな夏でもあった。こういう生徒たちの生徒を見ていると、気力を失うことなく目の前の現実に向きあうことができるということを実感した夏だった。

今年でキリスト教学校教育同盟が誕生して100周年を迎えた。明治期の国の教育政策により大きな危機意識を感じたキリスト教学校が、その存亡をかけて連帯の意思を表明した歴史から学ぶことが多い。戦後、過去への反省から生まれた旧教育基本法のもと、教育の自由は守られてきたが、今歴史の歯車は再び別な方向に向かって方向転換を始めたように思えてならない。少なくとも、私学の自由がその国の民度のバロメーターであることを、私学教育に携わる者として、しっかりと心に刻み込んでいたい。

今年、同盟100周年を記念する各種行事が全国で展開されているが、関東地区では神奈川を中心とする学校展と東京を中心とする音楽祭が開かれた。私は音楽祭の実行委員として828日に行われた18法人の小中高の児童・生徒たちが杉並公会堂に集まって行われた音楽祭の準備と運営にあたった。100年に一度の経験だからこそ労は多かったが、充実した良質の音楽の調べを味わうことができた良い機会を持つことができた。

聖歌隊、ハンドベル、器楽合奏、ブラスバンド、オーケストラ等々、各校のキリスト教音楽の香りが詰まった音楽祭だった。3部構成で互いの演奏を聞きあい、聴衆も多い音楽の祭典だったが、全体に参加した団体に、共通した響きがあったことが幸いだった。群馬から新島学園、共愛学園の生徒たちも参加し、また小学生も加わった合唱や演奏もあり、バラエティに富んだ音楽を楽しめた一日だった。ステージに上がった一人一人の表情が実に爽やかで生き生きとしたものであったことが、紡ぎだした音色と共に印象に残った。このような学校と生徒たちの存在が、キリスト教教育の実りであることを嬉しく思う一日だった。

「教育の言葉」が色褪せているといわれる現代にあって、本物を志向する児童生徒たちの存在こそ、教育が発することのできる言葉なのではないだろうか。多様でいて共通している彼らの創り出した響きの中に、至高なものを求め追求し、賛美する私たちの教育の「原型」を見せてもらったような心地よさを感じることができた一日でもあった。協力してくださったすべての方々に感謝の意を捧げたい。

2010年8月 2日 (月)

この暑さの中で

梅雨明けと共に、猛烈な暑さが日本列島を包み込んでしまっているように思われる。学校はやっと夏休みとなり、バイブルキャンプや合宿など校内外の活動が活発になる時期を迎えている。フロリダの英語研修も出発して10日以上が経過した。暑さの中、活動中の熱中症の恐れが心配だが、テニスやソフトボールなどの合宿も無事に終了したようだ。真っ黒になって毎日練習に励んでいる生徒たちの姿を見て力づけられる。それぞれに充実した夏を過ごしているようだ。

それにしても昨年のこの時期は、インフルエンザ騒動の渦中にあったことなどすっかり忘れてしまっているようだ。私たちの関心は移ろいやすく、関心は今に集中している。毎日のように目に飛び込んでくるニュースの数々も、世の中全体で瞬間的に大騒ぎして、やがて賞味期限が切れるかのように、人々の関心から消えていく。昨夏にテレビが追いかけていたニュースの主役たちは、今どうしているのだろうか。

私たちに足りないのは、「歴史的な視点」ではないか。今起きていることが、どのような経緯の中に起きていて、どのような影響を与えていくのかをしっかりと見通す、旧約聖書の預言者であったハバククが持っていたような「時代を見据える目」を持っていたい。状況や空気やある種の常識に左右されずに、独自の判断と確かな識別力を持って、揺れることのない信念に生きることが出来たらと願わされる。

ハバククは神に「何故」と問いかけた預言者だった。不正や暴虐がはびこる世の中に神が沈黙していることを何故だと問い、この訴えに「主が私にどう答えるかを見よう」と語った預言者だった。今、目の前に起きていることに決して関心を切らさず、同時に物の本質を見極めようとする姿勢を貫いた預言者だった。

キリスト教学校が大事にするのは、こういう預言者的な視点ではないだろうか。この世の現実を知り、流されずに関心を持ちつつ、真実に迫っていく生き方こそ、私たちが次の世代に続く人たちに伝えるべきことがらではないか。暑い夏はこの国の戦争の記憶を思い出させてくれる時期でもある。歴史的な視点をもう一度確認する夏でありたい。真っ黒に日焼けした若さの象徴のような生徒たちに、伝えなければならない過去と現在があることを、改めて考えてみたい。

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2010年7月12日 (月)

ボーダレス社会を生きる

参議院選挙が終わり、政治の状況はますます混沌としてきた。あれほど期待を持って誕生した民主党政権も一年持たずに色褪せてしまったように見受けられる。日本の政治の世界は、選挙中に威勢よく政権や政策を批判していた人々も含めて、新しい何かを創造することが期待できないような煮詰まった状況のように見えてくる。

私たちがそして子どもたちが生きているこの時代は何にたとえたら良いのだろう。「笛を吹いても、君たちは踊らなかった。弔いの歌を歌ってやっても、悲しまなかった」と二千年前にイエス・キリストが市場に座っている子どもたちを評して語ったように、その時から今まで人々の関心は変わらないのだろうか。しかし、少なくともこの混沌の責任は子どもたちにはない。社会が作り出した空気が、子どもたちを空虚な世界へと向かわせるのだ。心すべきは私たちが希望を失わないことなのだろう。

子どもと大人の境界線がなくなったと言われている。夜と昼、男と女、生と死、正常と異常など、すべての境界線が曖昧になっていく社会の中で、子どもは子供らしく、大人は大人としての歩みをしているのだろうか。大人が子どもに対する責任を果たしているのだろうか。目のキラキラした途上国の子どもたちの笑顔とストレスを抱える日本の子どもたちの表情の差はどこから来るのだろう。

先日のPTAの読書会で一緒に読んだ岩宮恵子氏の「フツーの子の思春期」(岩波書店)の中に、「物質的な「もの」が多くなればなるほど、魂は薄められていく。この魂が薄められる感覚が、「生きる力」が非常に弱くなっていくという現象に現れてきているように思う。」という箇所があったが、魂が弱まっているという指摘には深く考えさせられた。

私たちは、「にもかかわらず」子どもたちに希望を与えねばなるまい。この夏、学校では沢山の体験の場が用意されている。一つ一つの場が希望につながる道筋を見つけることのチャンスとなることを心から期待したい。思春期だから分かる世界があるだろう。大人になりきれない季節だから咲く花があるに違いない。そんな小さな花を見落とすことなく、心に刻み込むことが、心を豊かにしてくれるのだろう。ボーダレス社会を生きる子どもたちにも、豊かな体験の場を提供することで、子どもの感性が動き出すことを信じたい。そう信じられるからこそ、教育は成立するのではないだろうか。

2010年6月29日 (火)

音楽会に臨んで

6月には学校をめぐる悲しい事件が多かった。教室の中で同級生を刺されるというショッキングな事件も起きた。世の中全体の関係性が断絶していることを考えさせられる報道もたびたび耳にした。そんな中、教育の出来ることは何なのか考えさせられた。

うっとうしい梅雨の時期、玉川聖学院では音楽会に向けて毎日、クラスの合唱練習の歌声が校舎内に響きわたっていたが、先日、その成果を披露する玉川聖学院音楽会が日比谷公会堂で行なわれた。全校で日比谷公会堂を使用して音楽会を行なうようになったのは28年前からだが、毎年その年ならではのドラマが展開されている。私にはステージに立つ生徒たちに、かつての生徒たちが重なって、時の流れの重さを感じていた。それにしてもこんな充実した時を過ごすことができているのは幸いだ。

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ステージの上で誇りを持って歌っている生徒たちを見ていて、心に伝わって来るものが多くある。この日までにまとまりのある合唱を作り上げるのに、多くの苦労があっただろう。関わりの中からしか生まれてこないものがあるが、生みの苦しみはそれを味わうものにしか分からない。毎年、このような経験を重ねている生徒たちは素敵だと思った。学校教育が与えることの出来るものは、その体験を通して自分のものになっていく社会性や自我の調整能力なのだろう。見事に歌いきった一人ひとりの表情の中に、その課題をクリアーした者の持つ満足感を見ることができた。

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この音楽会は合唱コンクールということで、学年ごとに優勝を争うのだが、同時に上級生の誇りを示す場所にもなっている。確かに、体が出来てくることもあり、学年が上がるにつれて合唱のレベルが向上する。この段階を踏んで成長する姿も学校にふさわしい。高3の生徒にとっては最後の音楽会だという思いもあり、その歌声に音楽を超えた説得力を感じる合唱であったし、それは彼女たちの一生の思い出となることだろう。また、ステージの上だけでなく、お互いの合唱を喜んで聞き合う姿勢も感じられ、全体に一体感を感じる一日であった。

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思春期を生きる子どもたちにとって、集団で物事に取り組む経験は、大切な発達の課題ではないだろうか。その体験の場を提供することが、学校教育にとって、もう一つの責任ではないか。殺伐とした社会の中にあるからこそ、心の成長の機会を作ることが、教育に託された使命なのではないか、豊かで充実した表情をしている生徒たちを見ながら、改めて私たちの責任を感じていた心地よい一日であった。

2010年6月16日 (水)

私たちの教育に出来ること

梅雨に入り、うっとうしい日々が続いている。けれども、今年は春らしい日が少なかっただけに、梅雨らしく雨が降ると何かほっとする気がしている。雨に洗われて一段と緑濃くなっていく木の葉の鮮やかさは、そのかすかな匂いと共に、東京にも自然があることを感じさせてくれる。そのことが何故かとても嬉しい。

自然から切り離され、冷暖房に除湿の完備した教室の中にいて、効率のよい授業を受け、生活時間が細かく定められ、モノがあふれ、人工的なものに満たされている環境の中で、子供たちの心は育つのだろうか。自然の脅威も崇高さも、生きることの怖さも豊かな恩恵も感じることができない場所で、本当の教育を行なうことは出来るのだろうか。自分の足で土を踏みしめて立っているという感覚のないところで、育ちの実感は自分のものになるのだろうか。

全国のキリスト教学校の中には、自然の中でこの課題に真正面から取り組んでいる学校がいくつもある。基督教独立学園、愛農学園、自由学園……、その教育実践に触れるたびに、その生きた教育に接して大いに啓発される。しかし東京の自由が丘で、この限定された校地と校舎の中で、寮もない私たちの学校に何が出来るのだろう。都市にある普通の学校において、教育の可能性はどこにあるのだろうか。

しかし私はこう思う。彼我の差を羨むのではなく、私たちに与えられた環境の中で私たちに出来ることを実践していきたい。教育に託された仕事とは、私たちが出会っている生徒たちとの関わりの中で、その成長を支援していくことだ。そのために、人と人との関係の中からしか伝えることの出来ない真実を伝えていくことが、私たちに出来ることなのだろう。東京に生きる子供たちに届く言葉で教育を語りたい。自尊感情を持つこと、他者と共に生きていること、一人ひとりがかけがえのない存在であることを彼らに伝わる言葉で伝えたい。人生に対する態度について、この世界の現実と人間を越えた存在のあることを、想像力を働かせることを通して伝えていきたい。冒険家であった星野道夫氏が書いている。

「時々、遠くを見ること。それは現実の中で、悠久なるものとの出会いを与えてくれる。」

こんなセンスをいつも忘れないでいることが、私たちの教育を豊かなものにしてくれるだろう。

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2010年6月 1日 (火)

私は何を見ているのか

この春は東京の真ん中でフランス印象派などの傑作絵画を数多く見る機会が提供されている。ボストン美術館展、オルセー美術館展、どちらも盛況であった。モネやセザンヌ、ゴッホやゴーギャンの名作を堪能できる機会が与えられた。賑やかな周辺の町並みの中にあっても、館内に入って鮮やかな個性的な作品の前で佇んでいると、しばし時間を忘れて絵画の世界に入り込むことが出来た。

画家たちの眼に見えていたものがキャンバスの上に再現されることで、私たちはその時代や人々と向き合うことが出来る。心の風景まで思い巡らすことが出来る。見ている自分の心の中まで見透かされるような感覚に襲われる。圧倒的に個性的で、それぞれ作者の主張の強い数々の絵画の前に立つと、それを言語化する作業は困難なのだが、一枚一枚から何かが伝わってくるのは確かだ。東京にいると、こういう世界に触れられるのが何よりの幸いといえるだろう。ただ、私には今回の展覧会はフルコースの食事のように思えて、少々疲れてしまった。

今の私にとっては、同じ自然を描いたミレーやコローなどの絵のほうに親和性を感ずる。渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開かれているストラスブール美術館所蔵の<語りかける風景>展で展示されていた風景画に安らぎを感じたのは、落ち着いた展示と描かれている自然の持つ力を感じたからなのだろう。そういえば、はじめてコローの絵と上野の西洋美術館で出会ったのは、随分昔の高校生の頃だった。木立を描いた風景画を見ていた時に、木々の間を吹き抜けていく風を感じたことを、今でも鮮やかに覚えている。目で見たものを感じる感性は、あれからどれほど養われたのだろうか。

沢山のものを見ているうちに、見えなくなってしまっているものがあるのかもしれない。鮮やかなテレビの画面からでは、心に届かない世界もある。私はいったい何を見てきたのだろう。何を感じ取ることが出来るのだろう。この感性が鈍感になっていくとき、子供たちの心の声を聴くことが出来なくなってしまうだろう。教育の業に携わっている者は、絶え間ない自己点検をしていくことが必要なのだろう。目の前にいる子供たちの存在そのものを感じることが、私たちに要求されている教育力なのだろう。

2010年5月17日 (月)

ありのままの私を愛して

先週は各学年の校外授業が行われた。中1のオリエンテーションキャンプ、中2の環境学習キャンプ、中3の国際・人権平和学習と鎌倉研修、高1のCFLキャンプ、高2の韓国修学旅行事前学習・研修、そして高3の一泊研修旅行、各学年がそれぞれ準備したプログラムを実施して、有意義な時を持ったことを生き生きとした報告と共に知ることが出来た。

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生徒たちはこのような共通体験を積み重ねることで、学年としての一体感を形成していくのだろう。私は中1、高1、高3のそれぞれのキャンプに少しずつ参加することで、そのことを実感した。学校という場所での関わりというものは不思議なものだ。出会い、そして友となる。そして次第に濃い関係が作られていく。たまたま知り合った関係から一生続く関係に発展していく。玉聖の卒業生たちの「体験」した事実は今も続いている。この関係性の成熟のための「場」をこれからも大切にしていきたい。

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高3のキャンプでは今年初めて、「しばし、立ち止まり、振り返り、考える」時間、高校生活をしっかり振り返る時間を持った。今までの学校生活を振り返り、直面している課題を考え、これから卒業に向けての決意を考える時間だったが、3時間近くの時間を静まり集中して、一人で、グループで、クラスで、そして全体で考え、分かち合う時を持った。今までの土台があったからこそ、このような貴重な時間を共有することが出来たのだろう。「終わりに向かって歩み始めた」この時期にふさわしい時間となった。

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今年、創立60周年を記念して沢知恵さんに作っていただいた歌は、生徒たちの投票により、「ありのままの私を愛して」というタイトルがつけられた。名前がついたことで、誕生した新しい歌は個性を持ち、自分たちのものになっていく。今年のキャンプでは各学年で歌われ、すっかり「私たちの歌」になっていた。それにしても生徒たちの吸収力に驚く。「あきらめなくていいじゃない、走り出せばいいじゃない、夢はかなえるためにあるじゃない」と力一杯歌っている生徒たちの表情の中に、この学院での出会いの中で培われつつある何かがあることを感じる。そして一人ひとりがありのままの私を愛することが出来るようになるために、私たちは支援を続けていきたいと願っている

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2010年4月27日 (火)

爽やかさが心にしみる体育祭

今年の春は気候不順で、桜が散ってからも冬を思わせるような日もあり、晴れやかさを感じられない日々が続いていた。しかし、昨日東京体育館で行われた体育祭は、天候も回復して澄み渡った青空を見ることができた日に行われたが、実にこの季節にふさわしい爽やかな行事であった。東京体育館に響き渡っていた生徒たちの歓声が、いまだに耳に残っているような気がしている。

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生徒たちが体を目いっぱい使って飛び跳ねる姿は、見ているものを嬉しくさせる。精一杯の競技と力一杯の応援が印象的な体育祭であった。こんなにもストレートに、自分の気持ちを表現できる生徒たちの姿に、ある種の感動を覚えた。純粋な魂にふれる思いがしたからだ。たしかに、言葉よりも雄弁に語る「全身が表現する言葉」がある。喜びと誇り、伝えたい気持ちが、一つ一つの動作の中から伝わってくる。フロアー一杯に繰り広げられる生徒たちの躍動的な姿の中から、沢山の「ことば」が伝わってきた。その思いが観客席の家族の思いと響きあって、玉川聖学院独特の雰囲気が作られているようだった。

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今年も高3のダンスが素敵だった。ジャンヌ・ダルクをイメージした創作ダンスは、豊かで劇的な物語性と独創的な構成力、見るものを惹きつける美しさを備えた、今年ならではの作品であった。誰が主役でもない、文字通りみんなで練り上げられ、作り上げた見事なダンスであった。最後に流されたリベラの「彼方の光」の透き通った歌声は、踊りそして演じきった3年生たちのダンスに託した思い、それはこれから旅立つ世界に向けて「空を越えてはるか彼方に」思いを寄せる心と重なって、言い知れぬ感動を呼び起こしていた。私は、このピュアーで真っ直ぐな心に「聖霊よ、来たり給え」と、祈りの歌をともに歌っていた。

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全力を出し切ることは爽やかなことだ。この一日を全力で過ごした生徒たちの「若さ」に触れることで、私たちは生きていることを実感する。いのちが躍動している様子を嬉しいと思う。こういう「いのちの輝き」と接することが、教育の醍醐味といえるのだろう。この輝きを大事にしたい。「どんな時にも輝いている」と歌われた歌詞のごとく、暗闇の中でも光を輝かす生き方の出来る生徒たちとなるよう、心から支援していきたいと強く思わされた。

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2010年4月19日 (月)

保護者と共に作る「教育共同体」

先日、4月の保護者会が開かれた。谷口ホールが一杯となる保護者が集まった。保護者に年度初めに学校から伝えたい事の話をしたが、いつものように心地よい緊張感を味わう時となった。今年も大勢の保護者の前で、学校として大事にしていること、協力してほしいことを率直に語ったが、理解と共感の表情が伝わってきて、話しやすい聴衆であることを実感する幸いなときでもあった。今回は特に「玉川聖学院創立60周年記念歌」(「玉聖徒然」参照)の作詞・作曲者である沢知恵さんによる曲のお披露目もあり、共に豊かな時間を共有することが出来たのが嬉しかった。

思春期を生きる子どもたちを私たちはどのように支援することが、その発達にとってふさわしいことなのだろう。以前、見た北海道の養護学校を舞台にした山田洋次監督の「学校Ⅱ」という映画のことを思い出した。先生たちが苦労して整えてきた学校生活より、主人公が体験した冒険の方が、より教育的意味を持っていたという内容だった。冒険することで成長した生徒を見つめ、「学校っていったい何なのだろう」と語っていた先生のセリフを印象深く覚えている。

学校教育はいくつもの限界を背負っている。とりわけ家庭の教育力を期待せずに学校教育は成立し得ない。いや、家庭の教育力を援助することが学校の役割といえるのだろう。いま、子どもたちを取り巻く環境は決して良いとはいえない。子どもの心が大事に扱われていないこの国で、子どもたちが健全に育まれていくためには、家庭と学校が同じ目標を持って子どもたちに接していくことで、かろうじて教育は成立するのだと思う。本当に子どもたちの柔らかい心の発達のために、学校と家庭は「教育共同体」を作ることでしか対応することが出来ないのではないか。

私立学校とは、その教育に賛同する人たちによってつくられた教育共同体といってよいだろう。そしてこの教育の自由が、どのように保障されているかによって、その国の民主主義の実質、「民度」が測られる。果たしてこの国は、これからも教育の自由を保障し続けていくだろうか。何としてもこの自由を守りたい。教育的な信念に従って各々の独自教育を施す私学の自由が守られるためにも、私たちはさらにそれぞれの教育を磨いていく必要があるだろう。そして、保護者の期待に応える教育を実践していくことが問われるだろう。保護者の信頼の上に成り立つこの玉川聖学院という教育共同体をさらに確かなものにしていきたい。

2010年4月 7日 (水)

イースターの季節に

先日、JRの中吊り広告に「この国にイースターの季節がやってきた」と言う言葉が大きく書かれていました。イエス・キリストの復活を祝うイースターの文字が踊っていました。ディズニーランドの広告だったのですが、何かハッとさせられるコピーでした。欧米では長く厳しい冬が終わって訪れる春の喜びは、イースターの喜びと重なっています。閉じ込められていた自然が一斉に動き出すような季節、再び巡ってきた春に、すべてのものが新しくなっていく。その喜びと死者の中から復活したイエスを讃える喜びが重なるところに、イースターの喜びがあります。

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春、それは新しく始まる季節です。日本の学校が、桜咲く春に始まるというのは大変意味深いものだと思います。<何かが始まっていく><何かに向かって始められていく><創造的な営みが始められていく>のが春のイメージと重なって、スタートにふさわしい時であると思います。皆さんは、今年度に何を始めようとしているのでしょう。

自然は、時が来ると神の摂理に従って、変化していきます。硬く閉じられた木の芽は、時が来ると芽吹き出し、花は咲き、目に見える世界は、季節と共に一斉に色づいていきます。しかし、人間は<始めなければ始まらない>のです。自分の頭で考え、何かを始めようと自らの意志を働かせることがなければ、何も変わっていかない。そこに人間という存在の不思議さがあります。

精神科医で作家の加賀乙彦氏は、最近出版された「不幸の国の幸福論」という本の中で、「考えないことが習慣化している人、本当に悩む抜くことをせず、自分の頭で考え抜く作業を忘れた人」への警鐘を鳴らしています。たしかに人間に与えられたこの考える力を失ってしまうことほど不幸なことはないでしょう。私は毎年、この四月に本当に何が大切かを考えて、何かを始めようと意思を働かせることで、驚くほど成長していった生徒たちが数多くいることを知っています。今、心ひそかに考えている明日の私を実現するために、しっかりと自分の意志を働かせるために、まず今日から具体的な行動を開始してください。そして、この人間に与えられている可能性を最大限に用いて、歩み続ける年としてください。

 玉川聖学院が60周年を迎えたこの年が、私たち一人ひとりにとって、今年度の目標聖句にあるような「圧倒的な勝利者となる」(ローマ8:37)ことの出来る年でありますよう心から祈っています。

 (2010年度始業式式辞より一部抜粋)

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2010年3月17日 (水)

二つの卒業式に臨んで

 3月15日と17日に、高等部そして中等部の卒業式が行なわれた。毎年のことだが、卒業式は生徒たち一人ひとりにとって、そして学校にとって、最も大切な行事の一つとなっている。3年間のそれぞれの課程を修了したことを証する卒業証書を授与し、立ち止まって積み重ねられてきた日々を思い返すと共に、新しい出発のための決意と固める大切な式典となっている。そして毎年、感動と感謝に満ちた時間を過ごしている。

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今年度の二つの卒業式も、それぞれの学年にふさわしい厳粛さと温かさに満ちた立派な式典であった。特徴的であったのは、はっきりと二つの卒業式には共通した響きがあったことだ。高等部と中等部の卒業生に共通した「空気」があった。それは過ごしてきた日々に対する達成感と、自分に対する誇りを持っていたことだ。心の中に育ってきた自尊感情を明確に自覚し意識していることだった。それが一つ一つの立ち居振る舞いの中にも、代表生徒の万感の思いの詰まった感謝の言葉の中にもはっきりと表れていた。そのことを本当に嬉しく思った。

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私は思う。卒業式こそが学校の教育の「通知表」ではないかと。育てられたもの、培われたものが何であったかが表れる場所ではないかと。その意味で、二つの卒業式に共通する生徒たちの表情や雰囲気は、玉川聖学院の「今」を表しているのではないだろうか。一人ひとりが「かけがえのない存在である」ことを自覚するとともに、そういう自分を好きになっていく過程をそれぞれの発達段階で実現させてきたことを確認させてもらい、私たちの教育の結実を見る思いがした。

卒業式でもう一つ共通していたのは、保護者たちの協力姿勢であった。参列したご家族の思いと学校の思いがシンクロしていることを感じた。心理学者のユングの「共時性」という概念は、教育をめぐる家庭と学校の関係性の中でも見られるものだろう。家庭の子育てに対する見識と、学校の教育の方向性が一致するときにはじめて教育が成り立つと考える私たちの「教育」に、賛同された保護者たちの温かい眼差しの中に式典が営まれていることを実感した。恵まれた環境の中で教育という営みを続けられる幸いを改めて実感するひと時であった。卒業した生徒たちのために魂の故郷であり続けたいと思っている。

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2010年3月 1日 (月)

私が私になっていく

 2月一杯で2009年度の通常の授業が終了した。期末テストを終えると、今年度の締めくくりの時期となっていく。インフルエンザ騒動で揺れた一年であったが、無事に今日まですべてのプログラムを実施できたのは幸いなことだった。私は高1、高2の人間学の授業を少しずつ担当しているが、最後に近い授業の中で今まで学んできたことを振り返るときを持ったが、授業の手応えを感ずる時間を持つことが出来た。

高1では、「16歳の私」に焦点を当てて様々な心の動きを考えてきたが、自分らしく生きることと他者との関係の中を生きることがつながっていること、弱さと失敗、葛藤や困惑、マイナスに見える経験の中にこそ、学ぶべき宝が隠されていること、自分と異なった文化や環境にいる人たちとの出会いが自分を造っていくということ、思春期の今を成長の過程ととらえ、何よりも今ここに生きる私を大切にしていくことを、分かち合うことが出来た。率直に語り、真剣に自分と向き合う生徒の姿に感動を覚えた。

高2では、2年間の学習のまとめを行なった。それぞれの人生の時期を生きていくことの豊かさと楽しみを改めて感ずると共に、豊かさをもたらす人との関係性、とりわけ学校という場所で「友達という鏡を通して自分が形成されていく」ことと尊さを考えさせられた。語り、聞くという営みの中からしか生まれてこないものがあること、人は最後まで成長していく存在であること、すべてのことがらの中に隠された神の知恵を探すことなど、授業の振り返りを行なった。

こういう授業を生徒と共に展開できるのは、教師冥利に尽きることではないか。同時に授業者自身が自分の実質を問われる思いがする。まっすぐに向き合おうとしている生徒たちの眼差しに接し、私自身が自分の「生の冒険」をしているだろうかと問われる思いがする。現実の問題の奥にある人生の秘密を見つめる洞察力を更に磨かねばなるまい。それが本当の私になっていくことなのだから。

 「冬があり夏があり  昼と夜があり

  晴れた日と雨の日があって ひとつの花が咲くように

  悲しみも苦しみもあって  私が私になっていく」

                 星野 富弘

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2010年2月12日 (金)

入学試験が無事終了

 今年も入学試験の時期となった。毎年、この季節は複雑な気持ちに襲われる。何度も入試説明会に来訪した方々の顔を入試当日に見るとき、すべての受験生が合格して欲しいという思いに駆られる。そして、いつも選択することの難しさを痛感する。

選ぶということは選ばないことでもある。この矛盾の中に私たちは置かれている。一回のテストで判定することの限界の中で、どうしたら正しい判定が出来るのか考え込んでしまうことがある。この日のために一生懸命準備をしてきた受験生の顔を見ていると余計に辛くなることがある。今年も合格者の喜びの表情に温かいものを感じつつ、残念ながら合格できなかった子どもたちに言葉をかけられない自分がいた。確かに私たちは矛盾の中を生きているのだろう。

そうであるにも関わらず、試験を受けることは意味あることなのだろう。ある時期に一つのことに取り組んで壁を越えることは、人間の成長や発達にとって重要な節目になる。苦労して一つのことを乗り越えた体験が、自信となり自尊感情を高めることにもつながっていく。12歳のこの時期に受験の壁を乗り越えたことは、これからの歩みにとっても大きな意味を持つものとなるだろう。

残念なことは成功したか失敗したかのいう結果がすべてであるかのように私たちは思ってしまうことだ。私たちの社会は成功すること、大きくなること、強くなることを良いこととし、失敗や挫折、弱さや小ささが許されない傾向を持っている。しかし人生において大事なことは、むしろ失敗や困難、悲しみや弱さの中にあるのではないだろうか。

星野富弘さんの詩画集の中に、「わたしは傷を持っている でもその傷のところから あなたのやさしさが しみてくる」という詩がある。自分の中のマイナスに見える経験が自分を作っていくことにつながるのではないか。私たちの人間理解がこの奥義をしっかりと見据えたものになっていくときに、教育という営みの持つ醍醐味を味わい知ることが出来るのではないだろうか。与えられた新入生を心から迎えたいと願わされている。

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2010年1月29日 (金)

想像力を働かせる

 ハイチで大きな地震が起こった。被害状況が明らかになるにつれ、地球の裏側で起こって出来事とは思えない悲しみとやりきれない感情に襲われる。人間の無力さと儚さ弱さを実感する。そして己の利益のみを貪り続けている人間に対する自然からの警告のように思えてくる。

生徒たちにとって世界で起こっている出来事はどのように映っているのだろう。自分の生活とは無関係の出来事と感じるか、自分と関わりのある事件として感情が動かされる事なのだろうか。今回の地震に対して、中高の生徒会の共同の呼びかけで、募金活動が行なわれた。数日で30万円近い募金が集まった。関心の高さを感じる。世界の人々の痛みや悲しみに想像力を働かせることができるのは、幸いなことだと思う。

「想像力」は人間に与えられた固有の特性だ。無限に広がるイメージの世界は、人間の豊かさの象徴だ。その想像力を伝えようとするとき、そこに芸術が作り出される。文化が生まれる。先日行なわれた高1のダンス発表会は、そのことを強く意識させてくれた。生徒たちは、全身を用いてグループごとにイメージした心象風景や固有の物語を自分たちのやり方で表現しようとしていた。その思いが伝わってきたことが嬉しかった。

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私は講評を依頼されてステージにあがったが、高1の生徒たちの独創的で劇的な発表を評価することばを失っていた。実に協力的で優しい学年集団であることに感動していたからだ。色々な背景を持った生徒たちが、皆舞台の上にいた。衣装や証明、音楽や構成力も優れていた。何よりも発表することに誇りを持った生徒たちの体全体から発している表現力の豊かさをうまく言葉にして褒められなかったが、「想像力を働かせること」の豊かさを改めて知らされた発表会だった。いい高校生活をしていることが嬉しかった。

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私たちの時代を覆う思想はニヒリズムだと言われている。他者との関係性を断絶し孤立して生きていくことが時代の空気となっている。関係性の断絶は悲しいことに想像力を枯渇させている。人は人と出会うことで人間になっていくと信じたい。人との関わりの中で生まれてくるもの、想像力を働かせることで見えてくるものを大事にしたい。今回のダンス発表会は心地良い時間であった。まっすぐに演技している生徒たちの表情の中に、教育の可能性を見出すことの出来たのだから。

 

2010年1月22日 (金)

自尊感情を育てる

 玉川聖学院の総合学習の一環として、中等部3年生は「修了論文」を作成する。全教職員が指導教官となり、一年かけて中学生らしい論文を作成していく。先日、中学生が全員集まってその発表会が行われた。「障害者の雇用」「地球は温暖化しているのか」「日本食の素晴らしさ」「音楽療法」など、力作揃いの発表会だったが、何よりも発表した生徒たちが皆、誇りを持って研究してわかったことを伝えようと努力している点に心動かされた。発表する者もそれを興味深く聞こうとしている下級生も真剣で、会全体に生徒たちの知的好奇心が満ちていたことが何よりも嬉しかった。

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先日、教師研修会で招いたのは、都立梅が丘病院の副院長で児童精神科医の田中哲氏だった。発達障害の子どもたちに優しい眼差しを持って接してこられた田中氏は、アスペルガーやAD/HDなどの軽度発達障害を抱えた子供達の世界をわかりやすく解き明かしてくれた。講演を聞きながら私は、子どもの問題、教育という関わりの本質が、こういう子供たちへの支援のあり方の中に隠されているのではないかと思った。たぶん、障害ゆえに生き難さを抱えている彼らと向き合うことで、私たちは人間の心の本質的な部分を理解する機会が提供されるのではないだろうか。その意味でこの国の教育システムの中に、「特別支援教育」が義務付けられたのは、画期的なことなのだろう。教育力の向上が期待されている。

発達障害を抱えた子どもたちに共通しているのは、等身大の自己イメージを持てないことだと田中氏は語られた。まさにこの問題こそ、今の日本の子どもたち全体が抱えている問題に相違ない。「自尊感情」が育たない社会環境が子供たちから未来を奪っている。等身大の自己イメージから見通す将来の姿を持てないことこそ、子どもたちの抱えている最大の課題ではないだろうか。

そんな問題を考えていたからこそ、生徒たちの修了論文発表会は大きな励ましと希望を与えてくれた。生徒たちの真っ直ぐな姿勢の中に、まだ教育に可能性が残されていることを強く感じさせてくれたことが嬉しかった。この生徒たちに応えられる教育をさらに磨いていくことが、私たちに課せられた使命であることを改めて確認することができた一日であった。

2010年1月12日 (火)

新しい年に

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 冬休みが終わり、この年度の締めくくりの季節が始まった。同時に、新年を迎え、2010年がスタートした。新しい年をどのような思いで始めることが出来ただろう。「始めなければ始まらない」というが、自分の意志を働かせて一歩踏み出さなければ、事態は動かない。変わろうとしなければ変わることは出来ない。

残念ながら私たちの周囲の社会、世界は、「変わりたい」と思っても変わることの出来ない現実に満ちている。冬休み中テレビで何度も映し出されていたのは、仕事を探しても得られず、住居も失って年末年始を過ごしている人たちだった。再出発しよう、新しくやり直そうと思っても、現実の社会の厳しさの中で、行き場を失った人たちが多くいる。

このままでは世界が壊れてしまう、地球環境は取り返しのつかないものになってしまう、何とかしてこの地球の自然を守りたいと、誰もが思っているにもかかわらず、国際会議では何も決められず、それぞれの国のエゴが丸出しになるだけで終ってしまった。「変えなくてはいけない」とわかっていながら「変えることのできない」人間の弱さがあからさまになってしまったのではないか。

本当に変えることは難しい。それは私たちの現実でもある。どれほど多くのことが「三日坊主」で終ってしまっていることか。ある人たちは言う。「所詮、世の中なんか変わらない。世界が協力することなんかありえない。自分のことだけ考えればいいのだ」と。そういって人の傷みを考えず自分の利益だけを求め、マネーゲームに走り、あたり構わず自然を破壊して切り売りしていく。そのような圧倒的な力の前に私たちは押しつぶされてしまいそうになる。

17世紀の哲学者パスカルは、そのような人間の現実を十分に知った上で、次のように書いている。「人間の偉大なのは、自分が悲惨を知っているという点において偉大なのである。木は自分の悲惨を知らない。ところで自分の悲惨を知ることは、悲惨なことである。しかしそれを知ることは偉大なことである。……心を締め付け、喉もとを押さえつけてくる自分たちの悲惨をことごとく目にしながらも、私たちには、自分を高めようとする、抑えがたい本能がある。」

パスカルは人間の限界、罪、そして弱さを悲惨と呼びましたが、その悲惨をわかった上で、「抑えがたい自分を高めようとする本能」があるところに人間の偉大さを見たのです。「変わろう」とする心、自分を高めようとする力を持っていることが、人間の尊厳なのではないでしょうか。「人間になっていく」努力をすることが私たちに問われているのではないだろうか。

 お正月のテレビで、昨秋100歳の誕生日を迎えた詩人まど・みちおさんを紹介する番組があった。そのなかで「人生にクエッションマーク(疑問符)とエクスクラメーションマーク(感嘆符)を持つことでいつも生き生きとした新鮮な毎日を送ることが出来る」と、まどさんは語っていた。

私たちは自分と自分の回りに起こっていること、自然の不思議や世界の不思議に関心をもってそれを眺めること、そして自分と自分の心としっかりと向き合いつつ、その心を育てようと意志を働かせることが、私たちを変えていくことにつながるのではないかと思う。豊かな感性と強い意志と粘り強い知性を働かせる一年でありたい。  (高等部冬季開始式式辞)

2009年12月25日 (金)

もう一つのクリスマス

 毎年クリスマス礼拝を終えた翌日の冬休みに入る日から、群馬県榛名の社会福祉法人新生会で1泊2日の「クリスマス訪問」が行なわれている。今年で30年目の榛名クリスマス訪問が行なわれた。高齢者と共に礼拝を持ち、夜にはキャンドルを持って病院や施設を次々に回るキャロリングを行なっている。今年も36名の生徒と14人の教師で新生会に行くことが出来た。

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30年変わらずにこの訪問が続いているのは驚くべき事実だ。訪問する側もされる側もそれなりの思いを共有しているからこそ続けることが出来たのだろう。その最大の原因は、毎年クリスマスの喜びを伝えることの幸いを体験してきたからだろう。歌い続け歩き続けることで、嬉しい表情が増していく生徒たちの姿は30年ずっと変わらない。カードやプレゼントを手渡したとき、「ありがとう」といってくれる入居者との交流から得られた温かいものは、伝えるものの味わえる喜びだ。そしてクリスマスの希望を語ることが出来るのは、参加した生徒たちの幸いでもあるのだろう。

第二に、この訪問を受け入れてくださる新生会の精神が変わらないからだ。新生会は大いに発展し立派な施設が次々に誕生したが、職員たちに流れている人を大事にする精神は受け継がれている。30年間に一度として迷惑がられたことなく歓迎され続けてきた。忙しい中でボランティアと関わることの煩わしさを知れば知るほど、この対応は稀有の存在だと思う。ここではすべての人間が大事にされている。

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 第三に、ここには人間との出会いがあるからだ。毎年待っていてくださる方がいる。喜んでくださる方々がいる。病室を訪れるたびに涙を流しながら歓迎してくださる方がいる。握手をすると、堅く握り返してくださる手のぬくもりから何かが伝わってくる。ここを訪れることで、人と関わる幸いを体験できる喜びがある。生きていることの重さを実感し厳粛な思いを持つことが出来る。毎年人間と出会う醍醐味を味わっている。

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 30年間で1000名を越える生徒が、榛名のクリスマスを味わうことが出来た。卒業生たちが今年のクリスマスに、それぞれの場所で「この体験」を思い返すことができれば、きっと優しい気持ちがよみがえってくるだろう。「もう一つのクリスマス」の幸いをこれからも継続させていきたいと切に願っている。

2009年12月21日 (月)

クリスマスを祝う

 12月21日(月)に玉川聖学院では今年のクリスマス礼拝がもたれた。礼拝を捧げるという気持ちのこもった高等部そして中等部の礼拝だった。とりわけ生徒たちが力いっぱい歌った賛美の歌声が心に伝わってくる礼拝だった。こうしてクリスマスを祝うことの出来る幸いを感じながらこの日を過ごした。

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この一年、世の中では「チェンジ」「交代」「新たになる」ということばがしきりに使われた。社会全体の閉塞状態を何とかしたいという思いが、新しい時代の到来への期待となっていたのだろう。しかし、現実の政治は失望させられることも多かった。先日行なわれた環境をめぐる国際会議の経緯は、まるで人間のエゴが丸出しになっていく過程を見せる劇のようであり、「現実主義者」の高笑いが聞こえてくるようなあり様だった。

紛争やテロの横行する世界の現実を見ても、驚くべき出来事が頻発した日本国内の事件を振り返っても、私たちの心は暗くなる。あまりに非人間的な行為がまかり通っていないか。ニヒリズムが支配的になっていく世の中の風潮を憂えるが、それに対抗する言葉を持てないもどかしさを感じてしまう。

果たして「地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」とのクリスマスのメッセージは実現するのだろうか。ときに絶望的に感じられる現実の中で、私たちはどのように希望のメッセージを語ることが出来るのだろう。教育とは明日の希望を語ることであるとしたら、私たちに教育の言葉は残されているのだろうか。

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私たちに希望があるとすれば、私たちの思いや考えをはるかに越えたところにある「ことば」を信じるからではないだろうか。闇が深いほど輝く光を、暗闇の向こう側に見るとき、希望を語ることが出来るのではないか。クリスマス礼拝に参加しながら、まっすぐな思いで賛美を捧げている生徒たちの姿の中に、その可能性を見ていた。彼らの中に育まれている「平和」が、その人生の中で大きく成長していくように祈りたい。クリスマスの喜びが生涯を捉えていくことを期待したい。心からメリー・クリスマスを伝えたい。

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2009年12月 7日 (月)

クリスマス賛美礼拝

 12月5日(土)に同窓会とPTA共催の第14回クリスマス賛美礼拝の時を持った。このように毎年クリスマスに、卒業生が学校に戻ってくることの出来る行事が行なわれている。今年も総勢800名近くが谷口ホールに集い、高らかにクリスマスカロルを歌うことが出来た。また懐かしい人たちと再会する喜びを味わうことが出来た。

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私立学校の本当に教育力は、生徒、卒業生、それを支える保護者たちの学校に対する帰属意識の高さに表われるものだと思うが、その意味で、今玉川聖学院は大変恵まれた学校といえるだろう。心を合わせてクリスマスを祝うことの喜びがあふれる一日を過ごすことができた。その幸いを改めてかみしめていた。卒業生の辛島小恵さんの澄んだ歌声も印象的だった。

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中高の発達段階は、人の一生にとってどういう意味を持つのだろう。自立に向かって思春期の揺れ動く心を抱えながら過ごす6年間は、危うさと変化の可能性に満ちた、かけがえのない時間であることだけは確かなことだろう。そんな時期に「魂の故郷」になりうる環境との出会いがあったなら、その人生は彩り豊かなものになるのではないか。玉川聖学院が目指すのは、まさにそのような場を提供することなのだろう。安心して戻ってこられる懐かしい故郷、自分の原点がそこにあると思える場所になることが、この学校の究極の教育目標になるのではないかと思う。

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「おかえりなさい」の挨拶で始まる毎年のクリスマス賛美礼拝は、そのことを確認させる良い機会になっている。カロルを沢山歌い、生徒たちの演奏を聞き、学院長のクリスマスメッセージを聞き、最後にヘンデルのメサイアからのハレルヤコーラス(高3の最後のクリスマスに歌っている)を歌うとき、卒業生たちの表情の中に魂の故郷に憩う喜びと安らぎが訪れていることを感じた。社会は変わり、時代は激動していたとしても、変わることのない魂の休息を与えられる学校であり続けたいと強く決意させられた一日であった。

2009年11月30日 (月)

こだわりの中を生きる

 11月28日(土)に社会科の秋の巡検(一日見学会)が行なわれた。埼玉県東松山にある丸木美術館、吉見百穴、そして川越散策と充実した内容の一日を、参加した生徒・教師41名は楽しんだ。

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丸木美術館は、丸木位里・俊夫妻のライフワークであった「原爆の図」を常設している美術館だ。今までに何度となく訪れては色々な発見があった場所だが、生徒たちと共に訪れたのは初めてだった。静寂な空間の中で、一枚一枚の絵と向き合っていた生徒たちの心に、何が伝わったのだろうか。目を背けることなく、一枚一枚の「原爆の図」の叫びの声を聞こうとしていた若い魂に何が届いたのだろうか。もう64年前の事になってしまった原爆の記憶を後世に伝える仕事を、果たして今私たちはどのように引き継いできたのだろうか。

丸木夫妻の数々の絵と向き合う中で、彼らは「こだわりの中を生き続けた」一生を送ったのだということが改めて見えてきた。自分がこだわり続けるものを持ち続けた人たちの強さが伝わってきた。「水俣の図」を描いた時、丸木位里氏は80歳になっていた。年齢を重ねるにつれ深まっていく描写力に圧倒される。人間性を破壊するものへの激しい怒りと弱い者たちへの共感と連帯、彼らがこだわり続けた人間に対する憎悪と信頼が画面全体から心に飛び込んでくる。何と若々しい表現力なのだろう。人生を闘い続けてきた魂の存在感にハッとさせられる。

人はこだわりを失った時に若さを失い老いるのだとしたら、私は今どこにいるのだろう。教育に対してどれほどの「こだわり」を持ち続けているだろう。正さねばならない悪弊や、認めてはならない非人間的な行為に対してどれほどの怒りを持ち続けているだろう。一人の人間として持つべきこだわりを、もう一度考えさせられた。

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美術館から出てきたとき、メタセコイアの大木が見事に紅葉していた。圧倒的なオレンジの葉の色が青空に映えていた。自然の語りかけを聞いたような気がした。晩秋のこの自然の美しさを見て、生徒たちの多くも心で受け止めることの重たさが癒されていくようだった。いい巡検を行なうことができた。

2009年11月16日 (月)

この時代のキリスト教教育を担う

 第52回キリスト教学校教育同盟の代表者総会が14日(土)に開かれた。今回の総会は本校が会場校となったが、玉川聖学院の教職員の協力で滞りなく総会を実施することができた。全国から集まってくださったキリスト教学校教育同盟加盟大学や中高の代表者の先生方にも、会場校としてのおもてなしをすることが出来たことを光栄に思う。手話賛美同好会と聖歌隊の生徒たちの賛美が、多くの来会者の心をとられていたことを嬉しく思っている。

教育同盟創設100年を来年に控え、今、各法人は大きな課題を抱えていることを話し合うことが出来た。とりわけ地方の中高や大学で、少子化と経済格差の広がりの中で、長い伝統を保有する学校も各地域の中で苦労していることが報告され、今後の連帯のあり方について議論された。厳しい時代の中にあって、我々はどこに向かって進んでいるのだろうという問いに、向き合わされる有意義な会議であった。

果たして、キリスト教教育は必要なのだろうか。私たちはこの国で何を主張したら良いのだろう。圧倒的な競争の論理の中で、経営も教育内容も大きく揺さぶられている現実がある。社会の必要と私たちの教育はミスマッチを起こしているのだろうか。しかし、危機が深ければ深いほど、私たちが立っている地点を確認する必要があるだろう。私たちのアイデンティティをもう一度明確にしつつ、この時代に通ずる教育の言葉を紡ぎだしていくことが今問われているのだと思う。一人ひとりが神に造られたかけがえのない存在であることを伝えることは、人間関係が断絶し人が大事にされていない時代の中にあって、私たちが主張できる明確なメッセージなのだから。それに徹したい。

危機を共有することは、理解の第一歩だ。キリスト教学校は歴史的に見ると、幾度も危機に直面する中で、「祈りの共同体」として危機を乗りこえて来た百年の歴史があることを覚えたい。先人たちの祈りを受け継ぐものでありたいと強く自覚を促がされた一日であった。

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2009年11月 4日 (水)

いつまでも残るもの

 心配していた秋の校外授業が無事に終った。高2の韓国修学旅行は、韓国の由緒あるミッションスクールである崇義女子校とのはじめての交流を含めて大変充実した内容であったと報告された。私は中3の西九州への旅行に参加したが、当日欠席もなく元気にすべての行程を終えることが出来た。中1、中2のJキャンプも良いまとまりあるものであったし、高1の施設訪問も受け入れてくださった33施設の協力で良い体験をすることが出来た。何より新型インフルエンザの影響をほとんど受けずに、計画されたプログラムを成し遂げることが出来たことが何よりも嬉しかった。守られたという思いを今年は強く持った。

九州への修学旅行は教師になってから何度目になるのだろう。夜行列車に揺られてほとんど眠ることが出来ずにやっと九州に辿り着いたのは、新任教師の頃だった。遠いところまでやって来たという記憶が残っている。6泊7日の長旅だった。それから30年以上が経過して、毎年繰り返される旅行の中で、学年ごとの創意工夫の積み重ねが、研修旅行としての充実した内容を積み重ねて来たように思う。実に「修学旅行」にふさわしい内容になった。

時代の変化は観光地を変化させた。テーマパークが次々に作られ、そして閉鎖していった。道路は良くなり移動も楽になった。ただ、本当に目で見て感じられるものは、その土地の自然であり歴史であることに変わりはない。感じる心が育ってこそ旅行に意味があるのだろう。長崎の町の下に眠る歴史の足跡は、想像力を持ってその地を踏みしめなければ見えてこないものである。修学旅行はその想像力を働かせてこそ意味を持つ。

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隠れキリシタンの里である外海で、今年もシスター橋口にお会いした。91歳になられてもお元気で、明治の初めに来られたド・ロ神父の精神を今年も生徒たちに語ってくださった。古いオルガンで一緒に歌った賛美歌は、生徒たちの心に刻まれたことだろう。歴史の彼方に思いを巡らせ、今ある自由を確認させられた。

大切なことは人から人に伝えられる。手渡される。だから現地に行くことの意味がある。長崎の活水学院の古い礼拝堂で、自らの被爆体験を今年も語ってくださった下平作江さんの思いも、きっと生徒たちの心に伝わり、それはいつまでも残るだろう。そう信じられる純粋でまっすぐな生徒たちの表情を見て、旅行の意味を改めて実感した。

2009年10月19日 (月)

心の底からの「賛歌」

 今年はメンデルスゾーン生誕200年目に当たるからか、演奏会などでその作品が取り上げられることが多い。先日、サントリーホールで読売日本交響楽団が演奏する交響曲第2番「賛歌」を聞いた。玉川聖学院のオルガニストの米山浩子先生がパイプオルガンを担当していたが、オーケストラと合唱、独唱が重なり合って、純粋で真っ直ぐなメンデルスゾーンの世界を楽しませてもらった。

才気煥発、家柄抜群、経済的に豊かで教養ある家庭で育ったメンデルスゾーンの音楽は心の底まで澄み切った明るさで満ちている。ワーグナー等によって批判されたことを引きずっているせいか、今でも正当な評価が与えられていないように思うが、音楽の持つ喜びと可能性をここまでまっすぐに見せてくれる作曲家はいないのではないか。聞いていて作曲者の心が伝わってくる。与えられている恵みを感謝し、祝福を与えてくださる神への「賛歌」は、彼自身の信仰の証しだ。最後に近いところで歌われるコラールは、讃美歌2番「いざやともに」だが、それは神への信仰告白だ。その混じり気のない信仰に圧倒される。バッハの「マタイ受難曲」を復活させたのもメンデルスゾーンだった。

ヨーロッパでは伝統的に恵まれた環境に育った者は、その生涯を他者のために生きることを志すそうだ。マザーテレサのところにやってくる若い女性たちも良家の子女たちであることが多かったと聞く。多く愛された者が持っている心のゆとりは、他者への愛に結実するのだろう。メンデルスゾーンの示す世界は、苦難の中の勝利を指し示すのでも民族精神の誇りと希望を表わすのでもなく、真っ直ぐに生きることの喜びを伝えてくれる。

もっと単純に生かされていることを感謝することを教えてくれる。

 私たちの人生は複雑で、問題や課題はいつも山積している。心配や不安に襲われるし、矛盾や理不尽なことも日々に起きてくる。それゆえ希望を失い厭世的になりやすいのも事実だ。しかし、そうだからこそ、「私の目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)と呼びかける神の語りかけに、素直に応答することが大切なのではないだろうか。メンデルスゾーンの神の導きを信じきったところに生まれてくる透き通った音楽に、心洗われ励まされるような気がした夜だった。

2009年10月13日 (火)

特別な恵みの時間

 人には誰にも神から与えられた賜物がある。自分でその賜物を気に入っても気に入らなくても、それぞれの人格が多様であるように、与えられているものも違っている。自尊感情はそれを受容する時に自分の中に芽生えてくるのだろう。人との比較ではなく、自分の賜物を磨いていくことは大切なことであるし、誰もが自分の賜物を与えられていることを気づかせていくのが教育の役割であろう。事実、教育の現場にいると生徒たちの賜物の多様性と豊かさに驚かされている。

神は同時に、特別な賜物を人に授けることがある。天賦の才能に恵まれた人が確かにいる。芸術や文化の担い手になるのはそのような人たちなのだろう。また神は特別な経験を人に与えることがある。その特別な経験は多くの場合、大きな悲しみや困難を伴うものであり、想像を絶する忍耐や勇気を奮わねばならないものであるために、その経験を聞く者に大きなチャレンジを与えるものになる。

先日玉川聖学院にお招きした、べー・チェチョル氏の独唱を聞いて、そのことを強く実感した。「アジアから出た百年に一人」といわれたテノール歌手が、突然の甲状腺癌のため声を失う。そこから回復のための手術と信じられないようなリハビリを経て、新しい声を与えられたべー氏は、いま自分の「名声」のためにではなく、神への感謝と賛美を歌っている。

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私たちが聞いたその声は、生かされている喜びに満ちていた。歌えることの感謝に溢れていた。オペラ歌手として人を圧倒する声ではなく、人の魂に届かせる歌声であった。歌と響きあうピアノの伴奏も非常に透明感の高い演奏だった。私たちは心の深いところに響いてくる音楽を感じ、大きな励ましを与えられた時間を共有した。

私たちは、特別な経験をした人たちと自分を重ね合わせることで力をもらう。困難に直面している人たちは慰めをもらい、課題に立ち向かおうとしている人は勇気をもらう。神はそのように特別な経験を用意されているのかもしれない。私たちも直面する問題を通して、神の隠されたメッセージを聞き取るセンスを磨いていきたい。人生を生きていく奥義はその中にあるということを知ることが、人間として最も大事なことなのではないだろうか。

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2009年10月 5日 (月)

生徒のいない学校なんて

 新型インフルエンザの広がりは早い。中学1年、2年と広がり、とうとう玉川聖学院でも中学全体を閉鎖としなければならなくなった。いつもにぎやかな昼休みに、中学生の声が聞こえないのは寂しい限りだった。改めて学校と言う場所はどんなところなのかを考えさせられた。

この春、関西地方では数人が罹患したことで、多くの学校が一時的に閉鎖となった。その間の経緯と実感したことを大阪の知人から聞く機会があった。本来いるべき生徒のいない学校を体験して、色々考えさせられたという話を聞いていた。

2、高3が登校していたとはいえ、高1を含めて4学年の登校を停止した今回の事態は、今までに経験したことがないことだった。学校からの広がりを防ぐことを第一に考えて生徒たちを自宅に待機させたが、本当に寂しい一日であった。生徒たちの喚声や高いトーンでの話し声が聞こえないことが、こんなにも寂しいものだとは思っていなかった。あらためて、私たちの仕事の中心が何であるかを自覚させられた。生徒がいて学校があるという当たり前の事柄を再認識させられた。

果たして日本の教育では、誰がそして何が大事にされているのだろう。昨今の教育論議の多くが、大人の視点だけで議論されていないか。教育基本法を改訂したことで何を変えようとしているのか。学力の低下を憂えることで急がれた新学習指導要領では、学びの主体たる子どもたちに何を習得させようとしているのか。教育格差が広がる中で、広く子どもたち全体に何を与えようとしているのだろう。本来、明るく躍動する「いのち」と、私たちはどう向き合うことが大切なのだろう。

大切なものは、人から人へ手渡されていくと信じる。価値や受け継ぐべき真理は、個人から個人へと継承されていくものだろう。この夏に高2の生徒たちはそれぞれの祖父母から「聞き取り」を行った。ゆっくりとした関わりの中で、大事な人生の信実が手渡されたこと、自分自身の心に刻み込まれた真実の重さなどを、彼らは授業の中で生き生きと語っていた。確かに受け渡されたものがあった。私たちはこの生徒たちの成長を支えていかねばなるまい。いのちが輝き出すための援助こそ、教育に与えられている使命だと、静まり返った廊下の片隅で思いを巡らしていた。

2009年9月14日 (月)

盛況な「人間学講座」

 機会があれば多くの人が学びたいと思っているのではないだろうか。玉川聖学院では今年度、保護者を対象とした人間学講座を開講しているが、毎回80名ほどの保護者が講座に出席している。私は参加者の熱心で意欲的な姿勢に接して心地よい緊張感を覚えながら、毎回80分の講義を担当している。

この講座は、学校特設科目である「総合科・人間学」の授業内容を知ってもらい、保護者にも授業を体験してもらうために開講された。人間学は1993年に開始された玉川聖学院独自の授業だが、現在は高1、高2でそれぞれ2時間ずつの授業を実施している。講座は高2で学習している「人生の四季を生きる」という授業を、保護者向けに作り直して行なっている。人生の春・夏・秋・冬のそれぞれのライフステージの中で起きてくる問題や課題について、思いを巡らしてみるという講義内容だ。

「幼児期」「思春期」そして「大人として生きる」と学びが続いているが、毎回、実に熱心な受講者の姿勢に圧倒されている。皆、語られることを我が事として捉えようとしている。真摯な態度で臨んでいることが伝わってくる。自問し、振り返り、変わろう、成長しようという意欲が私の心に響いてくる。学びたいという思いを共有している場の空気が、全体をまとまりのあるものにしているように思う。生徒に対する授業とは一味違った体験を毎回させてもらっている。

 誰もが不安や心配を抱えながら生きている。失敗やうまくいかない現実に直面しているのも事実だろう。成長していく子どもや老いていく親世代との関係性の中で、変化していく人間関係に悩んでいる。しかし、人間が生きていくということは、そういう現実を引き受けながら、それでも明日に希望を持って歩んでいくということなのだろう。人間は人生の最期に至るまで成長していく存在であることを私たちは学んでいる。

私が感じる心地よさは、その現実に向き合おうとしている人たちが醸し出す品性を垣間見るからであろう。人とのふさわしい関係性に真剣に悩むことからしか見えてこない「人生の真実」に、近づこうとしている人たちと共に学び続ける幸いを、実感しているからなのかもしれない。

2009年9月 1日 (火)

今日から学校生活再開

 長い夏休みが終わり、今日から学校生活が再開された。心配された夏休みの活動もすべて予定通り実施することが出来た。キャンプやクラブ合宿、フロリダ研修や校内の練習や補習など、それぞれに良い成果をあげることが出来たことを、生徒たちの表情に中に見ることができたことが、何よりも嬉しかった。一人ひとりが充実した夏休みを終えて、今日から再び日常生活が始まった。

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「秋季開始式」を迎えた生徒たちの姿に心地よい緊張感を覚えた。再スタートに際して、顔を上げまっすぐに自分と向き合おうとしている純粋な姿勢を見ていると、しっかりとそれに応えていかなければならないと思わされる。前向きな空気の中に、手応え豊かな日々が訪れることを確信する。それにしても、学校生活には開始と終了というリズムがあることは幸いなことだ。時の流れの中に、節目を持つことは大事なことなのだろう。

しかし、この秋は不安の中のスタートとなった。新型インフルエンザの蔓延が心配だからだ。9月には学院祭、10月には修学旅行等の行事を控えている。生徒たちにとって一度限りの経験を断念させる学級閉鎖や学校閉鎖という決定は極力避けたいと考える。高3の生徒たちにとっては、進路決定に関わる時期であるだけに気になることも多い。何とか集団感染は防げないものか。せめて、教室内の換気や手洗いの励行、自分の「体の声」を聞き分ける感覚を身につけさせたいものだ。マスメディアの報道などをことさらに怖がることなく、全体で気を遣いあう空気を醸成させたい。

 国政選挙が終った。世の中全体の閉塞感を何とか払拭したいという願いが、大きな政治的変化をもたらしたように思う。失われた一匹の羊を探し続けたイエスのたとえ話は、弱者を大事にすることが社会全体の安全と安心につながるというメッセージだろう。年金も医療も社会保障も介護も生活保護政策もそして教育までもが、弱者を切捨てる形になっていた考え方が変わっていくことを期待したい。失望に終ってしまった後に来る反動を心配しつつ、それでも新しい政策への転換を期待したい思いを持つ9月の始まりとなった。

2009年8月17日 (月)

心に刻むこと

 8月には過去の出来事を思い起こさせる番組や特集が放映されることが多い。敗戦から64年、直接戦争を体験した世代を除いて、戦争の記憶は歴史の一コマとなり、次第に意識から遠ざかりつつある。被爆と終戦の記事や番組は、そういう私たちの気持ちを考えなければならない地点に連れ戻してくれる。

この夏NHKで放映された「あの日・僕らの夢が消えた~長崎原爆特集」は、一瞬の原爆の投下によって散り散りになった長崎のキリスト教学校である鎮西学院の生徒たちの、その後の消息を追ったドキュメンタリーであった。一瞬の出来事が生徒たちの生死を分け、生き残ったものにも大きな苦しみを与え続け、楽しいはずの「学校生活」を奪っていき、タイトルにあるようにそれぞれが抱いていた夢や希望を壊していった記録だった。最も楽しいはずの思春期が略奪されていった事実と、残された一枚のクラス集合写真に写っている少年たちの自然な表情は、64年を経過した今、学校現場で生きている私たちに語りかけるものが多くあった。

戦争は人を非人間的なものにしていく。いったん戦争が始まると、人間の尊厳は損なわれ、暴力だけが勢いを増していく。理性や人々の自然な感情は無視され、ひどい憎しみと攻撃的な言動だけが支配的になっていく。社会がその方向に走り出したら止まらない、止められない。だから、戦争を体験した世代の多くの方々が魂をこめて語っているように、「戦争だけは絶対に避けなければならない」のだ。

ドイツのヴァイツゼッカー大統領は敗戦後40年目の演説で語った。「心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老いも若きもたがいに助け合わねばなりません。過去の問題は過去を克服することではありません。……過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいものです。」

私たちがなすべきことは、過去を「心に刻む(エアイルネルン)」ことではないか。次の世代に伝えるべきことは、心に刻み付けられている真実を余すところなく語り続けることではないか。教育の大切な視点を考えさせられた夏の日であった。

2009年8月 3日 (月)

30年目の榛名訪問

 1980年以来、毎年夏休みとクリスマスに訪問している群馬県榛名(現高崎市)にある社会福祉法人「新生会」でのワークキャンプを今年も行うことが出来た。様々なタイプの施設で一日ワークをし、毎晩みなで今日あったことを振り返り、分かち合うプログラムをずっと続けてきた。

30年の間にお会いした方々は、次々に天に帰られた。新生会の創立者原正男氏が語ったように、ここは「天国への待合室」だ。私が25年間個人的に交流を持ったYさんも今年旅立たれた。しかし、ここは決して暗く悲惨な場所ではない。創業の精神である「社会の欠陥より生じる不幸な人のために仕えていく」キリスト教精神が貫かれている。だから、入居者も職員も明るくオープンだ。私たちのようなボランティアの受け入れにも積極的だ。未来に対しても開かれている場所だ。

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今年も生徒たちは沢山の発見をした。引率している教師たちも、生徒と同じ目線で体験を共有し、分かち合いの時に語り合い、グループとして深まっていく。「老いという現実と向き合う重さ」や「一年で入居者たちがこんなにも衰えてしまう時間の残酷さ」、「今というこの瞬間の貴さ、厳粛さ」「言葉で表すことの出来ない命のつながり」などを生き生きと報告しあう生徒たちは、本当に良い学びをさせてもらった。「やっぱり私は(みんなで体験する)この榛名が好きなんだ」と、3年間参加し続けた高校三年生の締めくくりの言葉は、この場を共有した参加者たちの思いを的確に語っていた。

出会いは人生を変える。新生会と出会って30年。夏とクリスマスをあわせると千名を越える生徒たちが、この榛名での出会いを体験していった。ここには「生きることで形作られてきた宝」が無数に隠されている。毎年生徒たちは、この神の隠された知恵を探し当てる。その喜びと感動が30年間代々受け継がれてきたことは私たちの誇りだ。人は人と出会うことで人間になっていく。老いや死を考えることはすべての発達段階において重要な学習テーマであろう。なぜなら、与えられた人生のすべてに意味を見つけることこそが、人間として私たち自身に課せられた課題であるのだから。

2009年7月18日 (土)

やっと 夏休み

  やっと期末試験が終わった。今年は梅雨明けが早く来たこともあり、夏休み開始という気分がいつもより強く感じられる。とりわけ私たちは今年、「この日」が来るのが嬉しかった。新型インフルエンザの影響を受けずに学校の計画を終らせることが出来たという安堵感のためだ。

この数ヶ月、実は戦々恐々とした毎日を送っていた。5月の連休中の大臣の「深夜の会見」から始まったンフルエンザ騒動に、日本中が振り回される日々だった。医療機関の対応は冷静であったが、一部マスコミに煽られた社会の空気の中で、学校はどのように対応すべきなのか、戸惑いを感じながら毎日を送っていた。生徒の安全の確保は学校の至上命題だが、修学旅行や夏休みの研修旅行などを「自粛する」必要は果たして必要なのだろうか。判断の揺れを経験しながら、日々の現実に向き合いつつ、無事に諸行事を終えることを願ってきた今年は、ことのほか夏休みが待ち遠しかった。

私たちの生活は、社会的制約を受けやすい。まして学校教育活動は、危険と隣り合わせであるだけに、慎重な対応が絶えず要求されている。この夏の計画を中止するという苦汁の決断をせざるを得なかったとしても責められることはないだろう。時代の空気という無言の重圧は、責任ある立場のものほど受けやすいのも事実だ。今年、私たちはそれでも、フロリダでの3週間の英語研修をはじめ、すべての計画を予定通り実施することにしている。何事もなく、それぞれの夏の計画が無事に終了することを祈るのみだ。

今回私たちが経験していることの中に、大切な真理が隠されているように思う。どんなに注意していても、努力をしたとしても、発症を防ぐことはできない。私たちは、突然自分の計画が妨げられることがあるということを勘定に入れた生き方をすることを、学んでいるのではないか。人生において大切なことが、「愛される」「認められる」「知らされる」など受身形であることは意味深い。今日という日を、「生かされている」と知った時、この一日は限りなく尊いものに変わっていくのではないか。改めて、今までの神の導きと恵みに心からの感謝を捧げたい。

生徒たちにとって、かけがえのない夏休みになることを祈りたい。

2009年7月 6日 (月)

我々は何者か

 ゴーギャン展が東京国立近代美術館で始まった。「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか」と題されたボストン美術館蔵の大作を直接見ることが出来た。標題の持つメッセージ性は、見ているものに様々なインスピレーションを引き起こさせる。人間が生きていく不思議と真実を、見るものに考えさせる絵だった。本物の前に立つことで見えてくるものの沢山ある不思議な絵画であった。じっと佇むうちに、自分自身の過去と現在と未来をその絵の中に重ね合わせようとしている自分がいて、ハッとさせられた。

「我々は何者か」とは、青年期に誰もが立ち止まって向き合わされた問いだった。誰でもないこの私は一体何者なのか、答えのない問いを発していた頃を思い出した。同時に考えた。果たして今の子どもたちは、この問いと向き合う状況にあるのだろうか。彼らは自分をどう位置づけてどんな自己像を描こうとしているのだろうか。

自分とは何者かを考えるためには、孤独と向き合う覚悟が必要だ。心の中の暗闇を意識することなくして自分と向き合うことは出来ない。孤独と向き合う痛みが自己理解を深めていく。「自分探し」という軽い言葉が使われ始めるようになって、「本当の自分を見つけること」が、なんだか一つの流行のような軽薄な響きを持つようになってしまった。個性的でありたい、自分らしく生きたいという言葉は、商品を販売するための手段のように使われているように思う。

しかし、表面的に明るく見える子どもたちの心の深淵にある暗闇を、私たちはしっかりと見ていかねばなるまい。人と比較することで傷ついている心は、ビクビクしながら自分を殺しているように見える。人との関係の中で傷ついた心を見据えるととともに、私たちは関わりを持つ子どもたちに孤独に耐える幸いを伝えていかねばなるまい。

ゴーギャンがタヒチで体験したのは、明るい色彩豊かな原色の輝きと共に、暗闇の支配する夜の世界の真実であった。光と闇を見つめる目が描き出す人間の真実は、見ているものに自分とは何かを考えさせてくれた。「人間とは何か」という真実の問いを、生徒と共に考えていけたら幸いだ。

2009年6月25日 (木)

響きあう歌声~音楽会を終えて

今年の音楽会は、620日(土)に、例年通り日比谷公会堂で行なわれた。梅雨の間の晴れ間の中、爽やかな歌声に満ちていた一日であった。中高合わせて24クラスの生徒たちが、次々にステージに上がり、それぞれの思いのこもった合唱を披露した。千人を越える生徒たち全員が、舞台の上で力いっぱい歌っていることを確認し、クラスをまとめる「音楽の力」の魅力を改めて実感した。

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それにしても、なんと素敵な歌声であろう。クラスの一体感がメロディに乗って伝わってくる。真剣な眼差しがキラキラと光っている。会場で聴いている生徒たちも、耳を傾けて聴いている。響きあう歌声が、心から心へと伝わっていく。毎年見慣れた光景ではあるが、そのたびに新鮮な思いに満たされていく。「聴く」ことの幸いを体験出来る事は幸いだ。

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 現代は耳を澄まして「聴くこと」が難しい時代だ。手に入れることの出来る情報は多い。耳から入ってくるあらゆるジャンルの音楽が、私たちを音の洪水の中に置かせる。そんな喧騒の中で生活していると、音がないことが不安に思えるような気分になっていく。まるで「沈黙」が恐怖であるかのような騒々しさが日常生活の中に満ちている。しかしじっと聴くことで身につけていくことが出来る感性は、どんどん失われているように思う。

 「静まること」で聴くことが出来る音がある。沈黙の中で聞こえてくる声がある。心を静めて聴くことで、聞こえてくる音楽の豊かさがある。観客の持つ緊張感が演奏者の技量を引き出すコンサートがある。耳を澄ませて聴くことは、音楽会を成功させるためにどうしても欠かすことの出来ない条件だ。心はその時にはじめて響きあうからだ。その奥義を体験的に知っているのは幸いだ。

玉聖の音楽会で、毎年このようなことを感ずる。生徒相互の自尊感情がこれを可能にしているのだろうか。毎朝、本物のパイプオルガンの音のシャワーの中で礼拝を守っていることが、それを生み出しているのであろうか。今年も音楽会の中に、生徒たちの育ちの幸いを感じていた。

生きることと、生かされること

キリスト教学校教育同盟の第97回総会が、北海道の酪農学園大学を会場として6月半ばに開催された。

全国のキリスト教学校の代表者が一同に会したが、北海道のキリスト教学校に直接触れることが出来たことが嬉しかった。創立者黒澤酉蔵が提唱した「神を愛し、人を愛し、土を愛する」という酪農学園の三愛精神が、北海道の大地の上にしっかりと根付いていることを確認した。併設の「とわの森三愛高校」の生徒たちの実習を見学する機会も与えられ、地に足の着いた教育活動が展開される中で、人間的に豊かに育っている高校生たちの姿に感動を覚えた。

人は他者との関係性の中で成長していく。人は人と出会うことで人間になっていく。そうであるからこそ、「学校」という場所が成長にとって大切な場になるし、学校生活を通して体験できる様々な出会いは、それぞれの人生にとって大きな意味を持つものだと思われる。学校は良質の出会いの場を提供することが課題の一つだろう。

しかし、自分の人生を自分らしく生きるためには、もう一つの視点が必要なのではないか。それは「生かされている」という感覚を身につけることだ。私たちの「いのち」は与えられたものであり、自分の意志を越えた大きな力に支えられて生きているという魂の直観だ。神と言う言葉を用いなくとも、「自然」の恵みの中に生かされていることは、土に触れ、生き物に接することで体験的に理解できるようになる。命に対する謙虚さは、自然や生き物との出会いの中で身についてくる。この国の社会全体が自然の恵みを忘れて謙虚さを失い、人々が生きることに傲慢になってしまったのは、いつ頃からであったのだろう。

 私たちは「都会」にいて、どうしたらこの感覚を身につけることが出来るのだろう。知識ではなく体験として「生かされていること」を学ぶために、学校は何を提供できるのだろう。生きる実感が乏しいといわれる環境の中で生きる子どもたちに、小さな体験や身近にある自然から想像力を広げていく教育、生かされている喜びを共に共有できる教育を、私たちは今、本気になって模索せねばなるまい。キリスト教学校の責任は重い。

2009年6月 7日 (日)

春の校外授業を終えて

今年も各学年の校外授業が終わった。高三が関西から帰京した翌日、新型インフルエンザの国内感染のニュースが入ってきた。ほんの少し前にわかっていたら、中止しなければならなかったかもしれない。

    五月に入って毎日「新型インフルエンザ」のニュースが報じられている。社会全体がやや暴走をしているような感は否めない。「安全」が最優先されるからこそ、最悪の事態を想定して「自粛」することが当然とされる。何かあったら責任をとれないから、極力リスクは避けられるような配慮が暗黙のうちに要求されている。

    だが、今回の社会の空気の中にも、危険の種が潜んでいるように思う。感染と言う被害を受けた人たちが加害者であるかのように報じられたたり、心ない中傷が様々な形で当事者に浴びせられていく。国全体の対応の不明確さがそれを助長しているともいえるが、「不安心理」が人間的な絆を断ち切っていく危険があった。特定の誰かを攻撃することで不安をかき消そうとする、歴史の中で何度も経験してきた「否定的アイデンティティの形成」という不幸が、起こってしまう危険の種がここにもあったように感じている。

   学校の責任とはいったい何だろう。安全確保が前提であるには違いないが、日常を越える経験を提供することも大切な課題ではないだろうか。校外授業を終えて、それぞれの学年の体験を聞いて改めてそのことの意味について考えた。心配したら校外に出て行くことなど出来ない。近年は学校の校庭で遊ぶことが制限されている小学生が多いと聞いているが、事故への心配が、子供達の冒険心にストップをかけてしまっているのではないか。しかし、キャンプや合宿をすることで人から人へ伝わっていくものがある。教育の醍醐味とは、そういう経験を共有する中にある。

環境キャンプに同行して

  5月の第二週は、全校が一斉に校外授業を行う。私はここ数年、中2の環境学習キャンプに同行している。群馬県水上町、猿ヶ京温泉近くの旧新治村で田植えをし、飯盒炊飯で夕食を作り、翌日は自然の中で一日を過ごし、自然から発見できたもの、各自が体験したものを分かち合い発表する。今年も元気いっぱいの生徒たちと共に、充実した3日間を共に過ごすことが出来た。

  自然の中でじっと見ることで見えてくるものがある。新緑の鮮やかさは、目の前の見る山々の微妙な色の違いを意識することで、はっきりと美しいものになっていく。目を閉じて、じっと耳を澄ませることで聞き取ることの出来る様々な自然の声がある。手で触れ足を踏み入れることで体に伝わってくる感覚がある。立ち止まって静かに嗅ぎ分けることで、匂って来る自然の香りがある。自然の恵みを味わった時に感じられる豊かさがある。

   これらは、五感を働かすことでしか自分のものになっていかない。都会での日常の生活の中で忘れかけていた感覚は、日常的な場所を離れ自然の中に身をおくことで「ハッと」思い出す。五感を働かせることが感受性を養うのだとしたら、果たして今の社会は、そして学校は、この豊かさを子供たちにどのように伝えてきただろうか。○×式で正解を求める方法では絶対理解できない「感性」を磨くことを、どう伝えてきただろうか。

    現代社会は自分が感じたことを表現する力が驚くほど貧しくなっているように思えてならない。私たちの文化は移りゆく自然の微妙な変化を見事にとらえる「言葉」を持っていたし、心の機微を直感的に理解する力をもっていたように思う。それが失われている事を憂える。むき出しの言葉が羅列されている報道やネット上の言葉の攻撃性は、この感性の衰えの表れではないだろうか。非人間的な言葉の羅列は文化の衰退を示している。

    だからこそ、私たちは立ち止まって心を静めることが必要なのだろう。騒がしい社会の中で、意識して「静まる時」を持つことが大切なのではないか。沈黙の中でしか聴こえてこない声を聞き取ることは「祈り」の基本だ。自然を満喫し、生徒たちの楽しげな表情を見ながら、そんなことを考えていた。

青春を駆け抜ける幸い~体育祭を終えて

 4月23日(木)に東京体育館で行なわれた体育祭では、生徒たちの軽やかに動きまわる姿が印象的であった。プログラムの一つ一つに、全校生徒の一体感を感じた。全力で入場し、真剣に競技に参加し、全力で退場していく真摯な態度に、大変爽やかな印象を持つことが出来た。

    青、黄、赤、緑の4色に分かれて競い合った数々の競技も、学年を超えた精一杯の応援も、各クラブの個性を感じた昼の演技も、円滑な競技運営も、実に生き生きとした自然な流れの中に展開されていた。新入生も含めて、どの顔にも充実感が満ち溢れている一日であった。

  中でも圧巻は高校3年の生徒たちの魂のこもった見事な創作ダンスだった。美しいコスチュームを身にまとい、流れるような旋律に合わせて優雅に舞う高3全員のダンスは、中学高校時代を一生懸命に駆け抜けてきた者だけが持つことの出来る、自分に対する「誇り」と周囲の友達への「信頼」とに満ちていた。観客席を埋め尽くした人たちを魅了してやまない素晴らしい演技であった。

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    一人ひとりの自信に満ちた表現力を重ね合わすことで、こんなにも大きなものが生まれてくるのかという驚きを私は感じていた。心理学者のユングが「共時性」ということばで表現した、集団的な思いの集積が生み出す「奇跡」を体験しているように思った。確かに、心と心が響きあうときに心を動かす何かが生まれるのだ。

 美しい演技に見とれながら、私はもう一つのことを考えていた。この美しさは決して意図的に誰かによって作られたものであってはならない。操作された集団的な美意識には危険な臭いがする。しかし、生徒たちが今繰り広げている世界は確かにそれとは違う。一人ひとりの自尊心が作り出したこの作品には精神の健全さが感じられる。そうだ、この健全さを若さというのだろう。その若さに接しているこの瞬間は、なんと幸いな時なのだろう。演技が終わり観客席から鳴り止まぬ拍手を聞きながら、わが身の幸いを味わうことが出来た一日であった。

2009年6月 5日 (金)

陽だまりの窓辺にて~新しくなる

 学校の幸いは、「新しくなる」ことだろう。4月になると、目に見えるものすべてが新しくなっている。ピカピカの中学1年生も、再出発を期して新学期を迎えた高校生たちも、みんな新しい。学校全体がそんな空気に包まれる。

 新しくなれることは、若さの特権だ。今までうまくいかなかったことをやり直せる、仕切り直しが出来ると信じられるのは、若さの証明なのではないだろうか。そんな生徒たちに毎年出会うと嬉しくなってくる。

 果たして私たちの社会は、このやり直しを認めている社会であろうか。失敗や挫折を貴重な経験として容認しているだろうか。競争して勝つこと、成功すること、強くなること、大きくなることのみが強調され、弱さや悲しみ、挫折や失敗を軽視してしまっていないか。学校がそういう価値観を子どもたちに植え付けていないだろうか。

 私たちの社会はやり直しの出来る社会だろうか。本当に再挑戦が許されているか。現実を見ていると悲観的になってしまう。自己責任という言葉が踊っているが、社会全体のセーフティネットは破れているように思えてならない。
失敗したら終り、取り返しがつかないという思い込みが強いのか、それとも本当にやり直しの機会が奪われているからか、毎年3万人を超えている自殺者の存在は、豊かなはずのわが国の最大の問題に思える。

   やり直しのできにくい時代なのだろうか。それとも、社会全体の耐性が弱くなったのか、最も強いはずの家族の絆までが簡単に崩れていく現実を見ると、関係の作り直しの難しさを感じてしまう。

 そんな時、子どもたちの輝いている表情は、私たちに教育の可能性を教えてくれる。発達心理学を広めたエリクソンは書いている。「獲得出来なかった発達課題に気づいたら、そこからやり直せば良い」と。

 教育とは、やり直しの可能性を信じること。その機会や場を提供すること。そして、そういう希望を語り続けることではないだろうか。そして、その希望を持っている生徒たちの気持ちに共感していくことなのではないだろうか。

陽だまりの窓辺から

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 10年ほど前に、学校という場所で見えてきた生徒たちの心模様を紹介する本を出版しました(「陽だまりの窓辺から」~フォレストブックス)。
それから10年が経過しましたが、この間世の中全体に「教育をめぐる様々な議論」が繰り広げられました。「青少年の犯罪が増加した」「子どもたちの心の闇が深い」「道徳心が低下している」などという声に押されて、「教育改革」が政治的課題となり、大きな問題を孕みながらも、60年ぶりに教育基本法が改定され、その新法に沿った形で学習指導要領も改訂されようとしています。

 確かに報道される事件や事実を見れば、何が起こっているのかわからないような不安感が呼び覚まされます。私たちの了解不可能な出来事が起きているのも事実でしょう。しかし、それはこの国の社会全体のあり方や価値観の変化の一つの表れであり、学校教育が攻撃されるものではないのではないかと考えます。メディアで報道される「教育事件」は、多くの人たちの関心を惹く「商品化」された事件であり、それが報道により商品価値を高め、やがて消費されてしまうという繰り返しを見せられているようにも思えるのです。

 私が学校という窓から見てきた子どもたちの実態は、家庭環境、社会環境の変化にもかかわらず、10年前も今も変わっていないと思うのです。外に見える行動や言葉には変化があるかもしれません。事実、「生き抜く力」の点で弱くなってきているような気がします。気になる傾向や親や周囲の関わり方の変化も見られます。しかし、本質において生徒たちは「成長しようとする存在」に変わりありません。思春期の自我形成に向けて苦闘しつつ、関係性の豊かさにより視野が広がっていく柔らかい心の持ち主であることに変化はないように思います。

 そして、私は子どもたちの成長していく過程を垣間見る場所が学校なのではないか、その成長のための環境づくり、場所作りが学校という場所の仕事ではないかと考えているのです。これから折にふれて、生徒たちを通して見えてきた「教育が考えなければならない実質」について、考えを書き綴っていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

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