代々木第一体育館で体育祭が行われた
オリンピックイヤーには、その選考会が行われるからだろう。東京体育館を春に一般の団体が借りることは難しい。体育祭の会場探しは難儀したが、国立代々木第一体育館が、この日だけ空いているという情報に一縷の望みを託した。幸いなことにそれが可能となり、今年度も例年と同じように体育祭を開催することが出来た。東京オリンピックを憶えている世代にとっては、ドン・ショランダーの活躍した水泳会場の記憶が刻み込まれているが、先日のフィギアスケートや体操の大会会場でもあるこの体育館には、アスリートたちの魂の軌跡は刻み込まれている。この代々木で体育祭を行える生徒たちは幸せだ。
今年も若さの弾けるような素敵な空気の中に包まれた一日を過ごすことが出来た。勝っても負けても全力でプレイし、心を込めて応援する。体育祭実行委員の指示に従い、円滑に競技が進められるように協力し合う。勝敗に限らず心にこみ上げてくるものをそのまま表現し、仲間と共感し合う。千名の生徒たちは、この場を共有し、一体感と一つの空気を作り出す。そんな光景が今年も一日中展開された。係の生徒たちも良く動いていた。
昼休みのクラブの発表も立派だった。チアーにダンス部、新体操部。それぞれの持ち味を生かした演技は彼らの自尊感情の発露であり、得意の分野での自己表現は、見る者を納得させる出来栄えだった。体を存分に使ったパフォーマンスは、若さの特権なのだろうか。与えられた賜物を磨いている彼らを美しいと思った。
高3のダンスも圧巻だった。「火の鳥」をモチーフに再生と希望を演じる生徒たちの思いと祈りは、会場を埋め尽くした人たちの心にしっかりと届けられた。全員が舞い、全員が主役であり、全員が表現者だった。鮮やかな衣装も流れるような構成もそれを支える音楽も、スケールの大きなテーマを表現する明確な演技と調和して、一つの世界を創造していた。学年全体の協力の賜物であることがストレートに伝わってくる。みんな、本当に成長したことを実感する。そうだ。今日が彼女たちの高校時代の「終わりに向けての始まり」なのだろう。一人一人の未来の幸いを祈りたい。
帰り際の中学一年生の生徒の表情が印象的だった。この集団の中に入ったことの自覚と、やがて担う責任を大きさ。玉川聖学院の一員となったという誇りと帰属感。先輩たちが創り上げてきた伝統を肌で実感しながら帰途につく生徒たちに託された未来を思う。一つ一つの階段をゆっくり上っていきなさい。慌てず焦らず諦めずに、自分の歩みを続けなさい。そうすれば必ず道は開けていくよ、そんな思いを込めて、「さよなら」の挨拶を交わした。次の世代も楽しみだ。もう少し、教育の醍醐味を味わっていたい。




















































































































