2010年1月29日 (金)

想像力を働かせる

 ハイチで大きな地震が起こった。被害状況が明らかになるにつれ、地球の裏側で起こって出来事とは思えない悲しみとやりきれない感情に襲われる。人間の無力さと儚さ弱さを実感する。そして己の利益のみを貪り続けている人間に対する自然からの警告のように思えてくる。

生徒たちにとって世界で起こっている出来事はどのように映っているのだろう。自分の生活とは無関係の出来事と感じるか、自分と関わりのある事件として感情が動かされる事なのだろうか。今回の地震に対して、中高の生徒会の共同の呼びかけで、募金活動が行なわれた。数日で30万円近い募金が集まった。関心の高さを感じる。世界の人々の痛みや悲しみに想像力を働かせることができるのは、幸いなことだと思う。

「想像力」は人間に与えられた固有の特性だ。無限に広がるイメージの世界は、人間の豊かさの象徴だ。その想像力を伝えようとするとき、そこに芸術が作り出される。文化が生まれる。先日行なわれた高1のダンス発表会は、そのことを強く意識させてくれた。生徒たちは、全身を用いてグループごとにイメージした心象風景や固有の物語を自分たちのやり方で表現しようとしていた。その思いが伝わってきたことが嬉しかった。

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私は講評を依頼されてステージにあがったが、高1の生徒たちの独創的で劇的な発表を評価することばを失っていた。実に協力的で優しい学年集団であることに感動していたからだ。色々な背景を持った生徒たちが、皆舞台の上にいた。衣装や証明、音楽や構成力も優れていた。何よりも発表することに誇りを持った生徒たちの体全体から発している表現力の豊かさをうまく言葉にして褒められなかったが、「想像力を働かせること」の豊かさを改めて知らされた発表会だった。いい高校生活をしていることが嬉しかった。

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私たちの時代を覆う思想はニヒリズムだと言われている。他者との関係性を断絶し孤立して生きていくことが時代の空気となっている。関係性の断絶は悲しいことに想像力を枯渇させている。人は人と出会うことで人間になっていくと信じたい。人との関わりの中で生まれてくるもの、想像力を働かせることで見えてくるものを大事にしたい。今回のダンス発表会は心地良い時間であった。まっすぐに演技している生徒たちの表情の中に、教育の可能性を見出すことの出来たのだから。

 

2010年1月22日 (金)

自尊感情を育てる

 玉川聖学院の総合学習の一環として、中等部3年生は「修了論文」を作成する。全教職員が指導教官となり、一年かけて中学生らしい論文を作成していく。先日、中学生が全員集まってその発表会が行われた。「障害者の雇用」「地球は温暖化しているのか」「日本食の素晴らしさ」「音楽療法」など、力作揃いの発表会だったが、何よりも発表した生徒たちが皆、誇りを持って研究してわかったことを伝えようと努力している点に心動かされた。発表する者もそれを興味深く聞こうとしている下級生も真剣で、会全体に生徒たちの知的好奇心が満ちていたことが何よりも嬉しかった。

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先日、教師研修会で招いたのは、都立梅が丘病院の副院長で児童精神科医の田中哲氏だった。発達障害の子どもたちに優しい眼差しを持って接してこられた田中氏は、アスペルガーやAD/HDなどの軽度発達障害を抱えた子供達の世界をわかりやすく解き明かしてくれた。講演を聞きながら私は、子どもの問題、教育という関わりの本質が、こういう子供たちへの支援のあり方の中に隠されているのではないかと思った。たぶん、障害ゆえに生き難さを抱えている彼らと向き合うことで、私たちは人間の心の本質的な部分を理解する機会が提供されるのではないだろうか。その意味でこの国の教育システムの中に、「特別支援教育」が義務付けられたのは、画期的なことなのだろう。教育力の向上が期待されている。

発達障害を抱えた子どもたちに共通しているのは、等身大の自己イメージを持てないことだと田中氏は語られた。まさにこの問題こそ、今の日本の子どもたち全体が抱えている問題に相違ない。「自尊感情」が育たない社会環境が子供たちから未来を奪っている。等身大の自己イメージから見通す将来の姿を持てないことこそ、子どもたちの抱えている最大の課題ではないだろうか。

そんな問題を考えていたからこそ、生徒たちの修了論文発表会は大きな励ましと希望を与えてくれた。生徒たちの真っ直ぐな姿勢の中に、まだ教育に可能性が残されていることを強く感じさせてくれたことが嬉しかった。この生徒たちに応えられる教育をさらに磨いていくことが、私たちに課せられた使命であることを改めて確認することができた一日であった。

2010年1月12日 (火)

新しい年に

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 冬休みが終わり、この年度の締めくくりの季節が始まった。同時に、新年を迎え、2010年がスタートした。新しい年をどのような思いで始めることが出来ただろう。「始めなければ始まらない」というが、自分の意志を働かせて一歩踏み出さなければ、事態は動かない。変わろうとしなければ変わることは出来ない。

残念ながら私たちの周囲の社会、世界は、「変わりたい」と思っても変わることの出来ない現実に満ちている。冬休み中テレビで何度も映し出されていたのは、仕事を探しても得られず、住居も失って年末年始を過ごしている人たちだった。再出発しよう、新しくやり直そうと思っても、現実の社会の厳しさの中で、行き場を失った人たちが多くいる。

このままでは世界が壊れてしまう、地球環境は取り返しのつかないものになってしまう、何とかしてこの地球の自然を守りたいと、誰もが思っているにもかかわらず、国際会議では何も決められず、それぞれの国のエゴが丸出しになるだけで終ってしまった。「変えなくてはいけない」とわかっていながら「変えることのできない」人間の弱さがあからさまになってしまったのではないか。

本当に変えることは難しい。それは私たちの現実でもある。どれほど多くのことが「三日坊主」で終ってしまっていることか。ある人たちは言う。「所詮、世の中なんか変わらない。世界が協力することなんかありえない。自分のことだけ考えればいいのだ」と。そういって人の傷みを考えず自分の利益だけを求め、マネーゲームに走り、あたり構わず自然を破壊して切り売りしていく。そのような圧倒的な力の前に私たちは押しつぶされてしまいそうになる。

17世紀の哲学者パスカルは、そのような人間の現実を十分に知った上で、次のように書いている。「人間の偉大なのは、自分が悲惨を知っているという点において偉大なのである。木は自分の悲惨を知らない。ところで自分の悲惨を知ることは、悲惨なことである。しかしそれを知ることは偉大なことである。……心を締め付け、喉もとを押さえつけてくる自分たちの悲惨をことごとく目にしながらも、私たちには、自分を高めようとする、抑えがたい本能がある。」

パスカルは人間の限界、罪、そして弱さを悲惨と呼びましたが、その悲惨をわかった上で、「抑えがたい自分を高めようとする本能」があるところに人間の偉大さを見たのです。「変わろう」とする心、自分を高めようとする力を持っていることが、人間の尊厳なのではないでしょうか。「人間になっていく」努力をすることが私たちに問われているのではないだろうか。

 お正月のテレビで、昨秋100歳の誕生日を迎えた詩人まど・みちおさんを紹介する番組があった。そのなかで「人生にクエッションマーク(疑問符)とエクスクラメーションマーク(感嘆符)を持つことでいつも生き生きとした新鮮な毎日を送ることが出来る」と、まどさんは語っていた。

私たちは自分と自分の回りに起こっていること、自然の不思議や世界の不思議に関心をもってそれを眺めること、そして自分と自分の心としっかりと向き合いつつ、その心を育てようと意志を働かせることが、私たちを変えていくことにつながるのではないかと思う。豊かな感性と強い意志と粘り強い知性を働かせる一年でありたい。  (高等部冬季開始式式辞)

2009年12月25日 (金)

もう一つのクリスマス

 毎年クリスマス礼拝を終えた翌日の冬休みに入る日から、群馬県榛名の社会福祉法人新生会で1泊2日の「クリスマス訪問」が行なわれている。今年で30年目の榛名クリスマス訪問が行なわれた。高齢者と共に礼拝を持ち、夜にはキャンドルを持って病院や施設を次々に回るキャロリングを行なっている。今年も36名の生徒と14人の教師で新生会に行くことが出来た。

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30年変わらずにこの訪問が続いているのは驚くべき事実だ。訪問する側もされる側もそれなりの思いを共有しているからこそ続けることが出来たのだろう。その最大の原因は、毎年クリスマスの喜びを伝えることの幸いを体験してきたからだろう。歌い続け歩き続けることで、嬉しい表情が増していく生徒たちの姿は30年ずっと変わらない。カードやプレゼントを手渡したとき、「ありがとう」といってくれる入居者との交流から得られた温かいものは、伝えるものの味わえる喜びだ。そしてクリスマスの希望を語ることが出来るのは、参加した生徒たちの幸いでもあるのだろう。

第二に、この訪問を受け入れてくださる新生会の精神が変わらないからだ。新生会は大いに発展し立派な施設が次々に誕生したが、職員たちに流れている人を大事にする精神は受け継がれている。30年間に一度として迷惑がられたことなく歓迎され続けてきた。忙しい中でボランティアと関わることの煩わしさを知れば知るほど、この対応は稀有の存在だと思う。ここではすべての人間が大事にされている。

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 第三に、ここには人間との出会いがあるからだ。毎年待っていてくださる方がいる。喜んでくださる方々がいる。病室を訪れるたびに涙を流しながら歓迎してくださる方がいる。握手をすると、堅く握り返してくださる手のぬくもりから何かが伝わってくる。ここを訪れることで、人と関わる幸いを体験できる喜びがある。生きていることの重さを実感し厳粛な思いを持つことが出来る。毎年人間と出会う醍醐味を味わっている。

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 30年間で1000名を越える生徒が、榛名のクリスマスを味わうことが出来た。卒業生たちが今年のクリスマスに、それぞれの場所で「この体験」を思い返すことができれば、きっと優しい気持ちがよみがえってくるだろう。「もう一つのクリスマス」の幸いをこれからも継続させていきたいと切に願っている。

2009年12月21日 (月)

クリスマスを祝う

 12月21日(月)に玉川聖学院では今年のクリスマス礼拝がもたれた。礼拝を捧げるという気持ちのこもった高等部そして中等部の礼拝だった。とりわけ生徒たちが力いっぱい歌った賛美の歌声が心に伝わってくる礼拝だった。こうしてクリスマスを祝うことの出来る幸いを感じながらこの日を過ごした。

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この一年、世の中では「チェンジ」「交代」「新たになる」ということばがしきりに使われた。社会全体の閉塞状態を何とかしたいという思いが、新しい時代の到来への期待となっていたのだろう。しかし、現実の政治は失望させられることも多かった。先日行なわれた環境をめぐる国際会議の経緯は、まるで人間のエゴが丸出しになっていく過程を見せる劇のようであり、「現実主義者」の高笑いが聞こえてくるようなあり様だった。

紛争やテロの横行する世界の現実を見ても、驚くべき出来事が頻発した日本国内の事件を振り返っても、私たちの心は暗くなる。あまりに非人間的な行為がまかり通っていないか。ニヒリズムが支配的になっていく世の中の風潮を憂えるが、それに対抗する言葉を持てないもどかしさを感じてしまう。

果たして「地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」とのクリスマスのメッセージは実現するのだろうか。ときに絶望的に感じられる現実の中で、私たちはどのように希望のメッセージを語ることが出来るのだろう。教育とは明日の希望を語ることであるとしたら、私たちに教育の言葉は残されているのだろうか。

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私たちに希望があるとすれば、私たちの思いや考えをはるかに越えたところにある「ことば」を信じるからではないだろうか。闇が深いほど輝く光を、暗闇の向こう側に見るとき、希望を語ることが出来るのではないか。クリスマス礼拝に参加しながら、まっすぐな思いで賛美を捧げている生徒たちの姿の中に、その可能性を見ていた。彼らの中に育まれている「平和」が、その人生の中で大きく成長していくように祈りたい。クリスマスの喜びが生涯を捉えていくことを期待したい。心からメリー・クリスマスを伝えたい。

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2009年12月 7日 (月)

クリスマス賛美礼拝

 12月5日(土)に同窓会とPTA共催の第14回クリスマス賛美礼拝の時を持った。このように毎年クリスマスに、卒業生が学校に戻ってくることの出来る行事が行なわれている。今年も総勢800名近くが谷口ホールに集い、高らかにクリスマスカロルを歌うことが出来た。また懐かしい人たちと再会する喜びを味わうことが出来た。

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私立学校の本当に教育力は、生徒、卒業生、それを支える保護者たちの学校に対する帰属意識の高さに表われるものだと思うが、その意味で、今玉川聖学院は大変恵まれた学校といえるだろう。心を合わせてクリスマスを祝うことの喜びがあふれる一日を過ごすことができた。その幸いを改めてかみしめていた。卒業生の辛島小恵さんの澄んだ歌声も印象的だった。

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中高の発達段階は、人の一生にとってどういう意味を持つのだろう。自立に向かって思春期の揺れ動く心を抱えながら過ごす6年間は、危うさと変化の可能性に満ちた、かけがえのない時間であることだけは確かなことだろう。そんな時期に「魂の故郷」になりうる環境との出会いがあったなら、その人生は彩り豊かなものになるのではないか。玉川聖学院が目指すのは、まさにそのような場を提供することなのだろう。安心して戻ってこられる懐かしい故郷、自分の原点がそこにあると思える場所になることが、この学校の究極の教育目標になるのではないかと思う。

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「おかえりなさい」の挨拶で始まる毎年のクリスマス賛美礼拝は、そのことを確認させる良い機会になっている。カロルを沢山歌い、生徒たちの演奏を聞き、学院長のクリスマスメッセージを聞き、最後にヘンデルのメサイアからのハレルヤコーラス(高3の最後のクリスマスに歌っている)を歌うとき、卒業生たちの表情の中に魂の故郷に憩う喜びと安らぎが訪れていることを感じた。社会は変わり、時代は激動していたとしても、変わることのない魂の休息を与えられる学校であり続けたいと強く決意させられた一日であった。

2009年11月30日 (月)

こだわりの中を生きる

 11月28日(土)に社会科の秋の巡検(一日見学会)が行なわれた。埼玉県東松山にある丸木美術館、吉見百穴、そして川越散策と充実した内容の一日を、参加した生徒・教師41名は楽しんだ。

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丸木美術館は、丸木位里・俊夫妻のライフワークであった「原爆の図」を常設している美術館だ。今までに何度となく訪れては色々な発見があった場所だが、生徒たちと共に訪れたのは初めてだった。静寂な空間の中で、一枚一枚の絵と向き合っていた生徒たちの心に、何が伝わったのだろうか。目を背けることなく、一枚一枚の「原爆の図」の叫びの声を聞こうとしていた若い魂に何が届いたのだろうか。もう64年前の事になってしまった原爆の記憶を後世に伝える仕事を、果たして今私たちはどのように引き継いできたのだろうか。

丸木夫妻の数々の絵と向き合う中で、彼らは「こだわりの中を生き続けた」一生を送ったのだということが改めて見えてきた。自分がこだわり続けるものを持ち続けた人たちの強さが伝わってきた。「水俣の図」を描いた時、丸木位里氏は80歳になっていた。年齢を重ねるにつれ深まっていく描写力に圧倒される。人間性を破壊するものへの激しい怒りと弱い者たちへの共感と連帯、彼らがこだわり続けた人間に対する憎悪と信頼が画面全体から心に飛び込んでくる。何と若々しい表現力なのだろう。人生を闘い続けてきた魂の存在感にハッとさせられる。

人はこだわりを失った時に若さを失い老いるのだとしたら、私は今どこにいるのだろう。教育に対してどれほどの「こだわり」を持ち続けているだろう。正さねばならない悪弊や、認めてはならない非人間的な行為に対してどれほどの怒りを持ち続けているだろう。一人の人間として持つべきこだわりを、もう一度考えさせられた。

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美術館から出てきたとき、メタセコイアの大木が見事に紅葉していた。圧倒的なオレンジの葉の色が青空に映えていた。自然の語りかけを聞いたような気がした。晩秋のこの自然の美しさを見て、生徒たちの多くも心で受け止めることの重たさが癒されていくようだった。いい巡検を行なうことができた。

2009年11月16日 (月)

この時代のキリスト教教育を担う

 第52回キリスト教学校教育同盟の代表者総会が14日(土)に開かれた。今回の総会は本校が会場校となったが、玉川聖学院の教職員の協力で滞りなく総会を実施することができた。全国から集まってくださったキリスト教学校教育同盟加盟大学や中高の代表者の先生方にも、会場校としてのおもてなしをすることが出来たことを光栄に思う。手話賛美同好会と聖歌隊の生徒たちの賛美が、多くの来会者の心をとられていたことを嬉しく思っている。

教育同盟創設100年を来年に控え、今、各法人は大きな課題を抱えていることを話し合うことが出来た。とりわけ地方の中高や大学で、少子化と経済格差の広がりの中で、長い伝統を保有する学校も各地域の中で苦労していることが報告され、今後の連帯のあり方について議論された。厳しい時代の中にあって、我々はどこに向かって進んでいるのだろうという問いに、向き合わされる有意義な会議であった。

果たして、キリスト教教育は必要なのだろうか。私たちはこの国で何を主張したら良いのだろう。圧倒的な競争の論理の中で、経営も教育内容も大きく揺さぶられている現実がある。社会の必要と私たちの教育はミスマッチを起こしているのだろうか。しかし、危機が深ければ深いほど、私たちが立っている地点を確認する必要があるだろう。私たちのアイデンティティをもう一度明確にしつつ、この時代に通ずる教育の言葉を紡ぎだしていくことが今問われているのだと思う。一人ひとりが神に造られたかけがえのない存在であることを伝えることは、人間関係が断絶し人が大事にされていない時代の中にあって、私たちが主張できる明確なメッセージなのだから。それに徹したい。

危機を共有することは、理解の第一歩だ。キリスト教学校は歴史的に見ると、幾度も危機に直面する中で、「祈りの共同体」として危機を乗りこえて来た百年の歴史があることを覚えたい。先人たちの祈りを受け継ぐものでありたいと強く自覚を促がされた一日であった。

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2009年11月 4日 (水)

いつまでも残るもの

 心配していた秋の校外授業が無事に終った。高2の韓国修学旅行は、韓国の由緒あるミッションスクールである崇義女子校とのはじめての交流を含めて大変充実した内容であったと報告された。私は中3の西九州への旅行に参加したが、当日欠席もなく元気にすべての行程を終えることが出来た。中1、中2のJキャンプも良いまとまりあるものであったし、高1の施設訪問も受け入れてくださった33施設の協力で良い体験をすることが出来た。何より新型インフルエンザの影響をほとんど受けずに、計画されたプログラムを成し遂げることが出来たことが何よりも嬉しかった。守られたという思いを今年は強く持った。

九州への修学旅行は教師になってから何度目になるのだろう。夜行列車に揺られてほとんど眠ることが出来ずにやっと九州に辿り着いたのは、新任教師の頃だった。遠いところまでやって来たという記憶が残っている。6泊7日の長旅だった。それから30年以上が経過して、毎年繰り返される旅行の中で、学年ごとの創意工夫の積み重ねが、研修旅行としての充実した内容を積み重ねて来たように思う。実に「修学旅行」にふさわしい内容になった。

時代の変化は観光地を変化させた。テーマパークが次々に作られ、そして閉鎖していった。道路は良くなり移動も楽になった。ただ、本当に目で見て感じられるものは、その土地の自然であり歴史であることに変わりはない。感じる心が育ってこそ旅行に意味があるのだろう。長崎の町の下に眠る歴史の足跡は、想像力を持ってその地を踏みしめなければ見えてこないものである。修学旅行はその想像力を働かせてこそ意味を持つ。

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隠れキリシタンの里である外海で、今年もシスター橋口にお会いした。91歳になられてもお元気で、明治の初めに来られたド・ロ神父の精神を今年も生徒たちに語ってくださった。古いオルガンで一緒に歌った賛美歌は、生徒たちの心に刻まれたことだろう。歴史の彼方に思いを巡らせ、今ある自由を確認させられた。

大切なことは人から人に伝えられる。手渡される。だから現地に行くことの意味がある。長崎の活水学院の古い礼拝堂で、自らの被爆体験を今年も語ってくださった下平作江さんの思いも、きっと生徒たちの心に伝わり、それはいつまでも残るだろう。そう信じられる純粋でまっすぐな生徒たちの表情を見て、旅行の意味を改めて実感した。

2009年10月19日 (月)

心の底からの「賛歌」

 今年はメンデルスゾーン生誕200年目に当たるからか、演奏会などでその作品が取り上げられることが多い。先日、サントリーホールで読売日本交響楽団が演奏する交響曲第2番「賛歌」を聞いた。玉川聖学院のオルガニストの米山浩子先生がパイプオルガンを担当していたが、オーケストラと合唱、独唱が重なり合って、純粋で真っ直ぐなメンデルスゾーンの世界を楽しませてもらった。

才気煥発、家柄抜群、経済的に豊かで教養ある家庭で育ったメンデルスゾーンの音楽は心の底まで澄み切った明るさで満ちている。ワーグナー等によって批判されたことを引きずっているせいか、今でも正当な評価が与えられていないように思うが、音楽の持つ喜びと可能性をここまでまっすぐに見せてくれる作曲家はいないのではないか。聞いていて作曲者の心が伝わってくる。与えられている恵みを感謝し、祝福を与えてくださる神への「賛歌」は、彼自身の信仰の証しだ。最後に近いところで歌われるコラールは、讃美歌2番「いざやともに」だが、それは神への信仰告白だ。その混じり気のない信仰に圧倒される。バッハの「マタイ受難曲」を復活させたのもメンデルスゾーンだった。

ヨーロッパでは伝統的に恵まれた環境に育った者は、その生涯を他者のために生きることを志すそうだ。マザーテレサのところにやってくる若い女性たちも良家の子女たちであることが多かったと聞く。多く愛された者が持っている心のゆとりは、他者への愛に結実するのだろう。メンデルスゾーンの示す世界は、苦難の中の勝利を指し示すのでも民族精神の誇りと希望を表わすのでもなく、真っ直ぐに生きることの喜びを伝えてくれる。

もっと単純に生かされていることを感謝することを教えてくれる。

 私たちの人生は複雑で、問題や課題はいつも山積している。心配や不安に襲われるし、矛盾や理不尽なことも日々に起きてくる。それゆえ希望を失い厭世的になりやすいのも事実だ。しかし、そうだからこそ、「私の目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ43:4)と呼びかける神の語りかけに、素直に応答することが大切なのではないだろうか。メンデルスゾーンの神の導きを信じきったところに生まれてくる透き通った音楽に、心洗われ励まされるような気がした夜だった。

2009年10月13日 (火)

特別な恵みの時間

 人には誰にも神から与えられた賜物がある。自分でその賜物を気に入っても気に入らなくても、それぞれの人格が多様であるように、与えられているものも違っている。自尊感情はそれを受容する時に自分の中に芽生えてくるのだろう。人との比較ではなく、自分の賜物を磨いていくことは大切なことであるし、誰もが自分の賜物を与えられていることを気づかせていくのが教育の役割であろう。事実、教育の現場にいると生徒たちの賜物の多様性と豊かさに驚かされている。

神は同時に、特別な賜物を人に授けることがある。天賦の才能に恵まれた人が確かにいる。芸術や文化の担い手になるのはそのような人たちなのだろう。また神は特別な経験を人に与えることがある。その特別な経験は多くの場合、大きな悲しみや困難を伴うものであり、想像を絶する忍耐や勇気を奮わねばならないものであるために、その経験を聞く者に大きなチャレンジを与えるものになる。

先日玉川聖学院にお招きした、べー・チェチョル氏の独唱を聞いて、そのことを強く実感した。「アジアから出た百年に一人」といわれたテノール歌手が、突然の甲状腺癌のため声を失う。そこから回復のための手術と信じられないようなリハビリを経て、新しい声を与えられたべー氏は、いま自分の「名声」のためにではなく、神への感謝と賛美を歌っている。

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私たちが聞いたその声は、生かされている喜びに満ちていた。歌えることの感謝に溢れていた。オペラ歌手として人を圧倒する声ではなく、人の魂に届かせる歌声であった。歌と響きあうピアノの伴奏も非常に透明感の高い演奏だった。私たちは心の深いところに響いてくる音楽を感じ、大きな励ましを与えられた時間を共有した。

私たちは、特別な経験をした人たちと自分を重ね合わせることで力をもらう。困難に直面している人たちは慰めをもらい、課題に立ち向かおうとしている人は勇気をもらう。神はそのように特別な経験を用意されているのかもしれない。私たちも直面する問題を通して、神の隠されたメッセージを聞き取るセンスを磨いていきたい。人生を生きていく奥義はその中にあるということを知ることが、人間として最も大事なことなのではないだろうか。

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2009年10月 5日 (月)

生徒のいない学校なんて

 新型インフルエンザの広がりは早い。中学1年、2年と広がり、とうとう玉川聖学院でも中学全体を閉鎖としなければならなくなった。いつもにぎやかな昼休みに、中学生の声が聞こえないのは寂しい限りだった。改めて学校と言う場所はどんなところなのかを考えさせられた。

この春、関西地方では数人が罹患したことで、多くの学校が一時的に閉鎖となった。その間の経緯と実感したことを大阪の知人から聞く機会があった。本来いるべき生徒のいない学校を体験して、色々考えさせられたという話を聞いていた。

2、高3が登校していたとはいえ、高1を含めて4学年の登校を停止した今回の事態は、今までに経験したことがないことだった。学校からの広がりを防ぐことを第一に考えて生徒たちを自宅に待機させたが、本当に寂しい一日であった。生徒たちの喚声や高いトーンでの話し声が聞こえないことが、こんなにも寂しいものだとは思っていなかった。あらためて、私たちの仕事の中心が何であるかを自覚させられた。生徒がいて学校があるという当たり前の事柄を再認識させられた。

果たして日本の教育では、誰がそして何が大事にされているのだろう。昨今の教育論議の多くが、大人の視点だけで議論されていないか。教育基本法を改訂したことで何を変えようとしているのか。学力の低下を憂えることで急がれた新学習指導要領では、学びの主体たる子どもたちに何を習得させようとしているのか。教育格差が広がる中で、広く子どもたち全体に何を与えようとしているのだろう。本来、明るく躍動する「いのち」と、私たちはどう向き合うことが大切なのだろう。

大切なものは、人から人へ手渡されていくと信じる。価値や受け継ぐべき真理は、個人から個人へと継承されていくものだろう。この夏に高2の生徒たちはそれぞれの祖父母から「聞き取り」を行った。ゆっくりとした関わりの中で、大事な人生の信実が手渡されたこと、自分自身の心に刻み込まれた真実の重さなどを、彼らは授業の中で生き生きと語っていた。確かに受け渡されたものがあった。私たちはこの生徒たちの成長を支えていかねばなるまい。いのちが輝き出すための援助こそ、教育に与えられている使命だと、静まり返った廊下の片隅で思いを巡らしていた。

2009年9月14日 (月)

盛況な「人間学講座」

 機会があれば多くの人が学びたいと思っているのではないだろうか。玉川聖学院では今年度、保護者を対象とした人間学講座を開講しているが、毎回80名ほどの保護者が講座に出席している。私は参加者の熱心で意欲的な姿勢に接して心地よい緊張感を覚えながら、毎回80分の講義を担当している。

この講座は、学校特設科目である「総合科・人間学」の授業内容を知ってもらい、保護者にも授業を体験してもらうために開講された。人間学は1993年に開始された玉川聖学院独自の授業だが、現在は高1、高2でそれぞれ2時間ずつの授業を実施している。講座は高2で学習している「人生の四季を生きる」という授業を、保護者向けに作り直して行なっている。人生の春・夏・秋・冬のそれぞれのライフステージの中で起きてくる問題や課題について、思いを巡らしてみるという講義内容だ。

「幼児期」「思春期」そして「大人として生きる」と学びが続いているが、毎回、実に熱心な受講者の姿勢に圧倒されている。皆、語られることを我が事として捉えようとしている。真摯な態度で臨んでいることが伝わってくる。自問し、振り返り、変わろう、成長しようという意欲が私の心に響いてくる。学びたいという思いを共有している場の空気が、全体をまとまりのあるものにしているように思う。生徒に対する授業とは一味違った体験を毎回させてもらっている。

 誰もが不安や心配を抱えながら生きている。失敗やうまくいかない現実に直面しているのも事実だろう。成長していく子どもや老いていく親世代との関係性の中で、変化していく人間関係に悩んでいる。しかし、人間が生きていくということは、そういう現実を引き受けながら、それでも明日に希望を持って歩んでいくということなのだろう。人間は人生の最期に至るまで成長していく存在であることを私たちは学んでいる。

私が感じる心地よさは、その現実に向き合おうとしている人たちが醸し出す品性を垣間見るからであろう。人とのふさわしい関係性に真剣に悩むことからしか見えてこない「人生の真実」に、近づこうとしている人たちと共に学び続ける幸いを、実感しているからなのかもしれない。

2009年9月 1日 (火)

今日から学校生活再開

 長い夏休みが終わり、今日から学校生活が再開された。心配された夏休みの活動もすべて予定通り実施することが出来た。キャンプやクラブ合宿、フロリダ研修や校内の練習や補習など、それぞれに良い成果をあげることが出来たことを、生徒たちの表情に中に見ることができたことが、何よりも嬉しかった。一人ひとりが充実した夏休みを終えて、今日から再び日常生活が始まった。

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「秋季開始式」を迎えた生徒たちの姿に心地よい緊張感を覚えた。再スタートに際して、顔を上げまっすぐに自分と向き合おうとしている純粋な姿勢を見ていると、しっかりとそれに応えていかなければならないと思わされる。前向きな空気の中に、手応え豊かな日々が訪れることを確信する。それにしても、学校生活には開始と終了というリズムがあることは幸いなことだ。時の流れの中に、節目を持つことは大事なことなのだろう。

しかし、この秋は不安の中のスタートとなった。新型インフルエンザの蔓延が心配だからだ。9月には学院祭、10月には修学旅行等の行事を控えている。生徒たちにとって一度限りの経験を断念させる学級閉鎖や学校閉鎖という決定は極力避けたいと考える。高3の生徒たちにとっては、進路決定に関わる時期であるだけに気になることも多い。何とか集団感染は防げないものか。せめて、教室内の換気や手洗いの励行、自分の「体の声」を聞き分ける感覚を身につけさせたいものだ。マスメディアの報道などをことさらに怖がることなく、全体で気を遣いあう空気を醸成させたい。

 国政選挙が終った。世の中全体の閉塞感を何とか払拭したいという願いが、大きな政治的変化をもたらしたように思う。失われた一匹の羊を探し続けたイエスのたとえ話は、弱者を大事にすることが社会全体の安全と安心につながるというメッセージだろう。年金も医療も社会保障も介護も生活保護政策もそして教育までもが、弱者を切捨てる形になっていた考え方が変わっていくことを期待したい。失望に終ってしまった後に来る反動を心配しつつ、それでも新しい政策への転換を期待したい思いを持つ9月の始まりとなった。

2009年8月17日 (月)

心に刻むこと

 8月には過去の出来事を思い起こさせる番組や特集が放映されることが多い。敗戦から64年、直接戦争を体験した世代を除いて、戦争の記憶は歴史の一コマとなり、次第に意識から遠ざかりつつある。被爆と終戦の記事や番組は、そういう私たちの気持ちを考えなければならない地点に連れ戻してくれる。

この夏NHKで放映された「あの日・僕らの夢が消えた~長崎原爆特集」は、一瞬の原爆の投下によって散り散りになった長崎のキリスト教学校である鎮西学院の生徒たちの、その後の消息を追ったドキュメンタリーであった。一瞬の出来事が生徒たちの生死を分け、生き残ったものにも大きな苦しみを与え続け、楽しいはずの「学校生活」を奪っていき、タイトルにあるようにそれぞれが抱いていた夢や希望を壊していった記録だった。最も楽しいはずの思春期が略奪されていった事実と、残された一枚のクラス集合写真に写っている少年たちの自然な表情は、64年を経過した今、学校現場で生きている私たちに語りかけるものが多くあった。

戦争は人を非人間的なものにしていく。いったん戦争が始まると、人間の尊厳は損なわれ、暴力だけが勢いを増していく。理性や人々の自然な感情は無視され、ひどい憎しみと攻撃的な言動だけが支配的になっていく。社会がその方向に走り出したら止まらない、止められない。だから、戦争を体験した世代の多くの方々が魂をこめて語っているように、「戦争だけは絶対に避けなければならない」のだ。

ドイツのヴァイツゼッカー大統領は敗戦後40年目の演説で語った。「心に刻みつづけることがなぜかくも重要であるかを理解するため、老いも若きもたがいに助け合わねばなりません。過去の問題は過去を克服することではありません。……過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいものです。」

私たちがなすべきことは、過去を「心に刻む(エアイルネルン)」ことではないか。次の世代に伝えるべきことは、心に刻み付けられている真実を余すところなく語り続けることではないか。教育の大切な視点を考えさせられた夏の日であった。

2009年8月 3日 (月)

30年目の榛名訪問

 1980年以来、毎年夏休みとクリスマスに訪問している群馬県榛名(現高崎市)にある社会福祉法人「新生会」でのワークキャンプを今年も行うことが出来た。様々なタイプの施設で一日ワークをし、毎晩みなで今日あったことを振り返り、分かち合うプログラムをずっと続けてきた。

30年の間にお会いした方々は、次々に天に帰られた。新生会の創立者原正男氏が語ったように、ここは「天国への待合室」だ。私が25年間個人的に交流を持ったYさんも今年旅立たれた。しかし、ここは決して暗く悲惨な場所ではない。創業の精神である「社会の欠陥より生じる不幸な人のために仕えていく」キリスト教精神が貫かれている。だから、入居者も職員も明るくオープンだ。私たちのようなボランティアの受け入れにも積極的だ。未来に対しても開かれている場所だ。

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今年も生徒たちは沢山の発見をした。引率している教師たちも、生徒と同じ目線で体験を共有し、分かち合いの時に語り合い、グループとして深まっていく。「老いという現実と向き合う重さ」や「一年で入居者たちがこんなにも衰えてしまう時間の残酷さ」、「今というこの瞬間の貴さ、厳粛さ」「言葉で表すことの出来ない命のつながり」などを生き生きと報告しあう生徒たちは、本当に良い学びをさせてもらった。「やっぱり私は(みんなで体験する)この榛名が好きなんだ」と、3年間参加し続けた高校三年生の締めくくりの言葉は、この場を共有した参加者たちの思いを的確に語っていた。

出会いは人生を変える。新生会と出会って30年。夏とクリスマスをあわせると千名を越える生徒たちが、この榛名での出会いを体験していった。ここには「生きることで形作られてきた宝」が無数に隠されている。毎年生徒たちは、この神の隠された知恵を探し当てる。その喜びと感動が30年間代々受け継がれてきたことは私たちの誇りだ。人は人と出会うことで人間になっていく。老いや死を考えることはすべての発達段階において重要な学習テーマであろう。なぜなら、与えられた人生のすべてに意味を見つけることこそが、人間として私たち自身に課せられた課題であるのだから。

2009年7月18日 (土)

やっと 夏休み

  やっと期末試験が終わった。今年は梅雨明けが早く来たこともあり、夏休み開始という気分がいつもより強く感じられる。とりわけ私たちは今年、「この日」が来るのが嬉しかった。新型インフルエンザの影響を受けずに学校の計画を終らせることが出来たという安堵感のためだ。

この数ヶ月、実は戦々恐々とした毎日を送っていた。5月の連休中の大臣の「深夜の会見」から始まったンフルエンザ騒動に、日本中が振り回される日々だった。医療機関の対応は冷静であったが、一部マスコミに煽られた社会の空気の中で、学校はどのように対応すべきなのか、戸惑いを感じながら毎日を送っていた。生徒の安全の確保は学校の至上命題だが、修学旅行や夏休みの研修旅行などを「自粛する」必要は果たして必要なのだろうか。判断の揺れを経験しながら、日々の現実に向き合いつつ、無事に諸行事を終えることを願ってきた今年は、ことのほか夏休みが待ち遠しかった。

私たちの生活は、社会的制約を受けやすい。まして学校教育活動は、危険と隣り合わせであるだけに、慎重な対応が絶えず要求されている。この夏の計画を中止するという苦汁の決断をせざるを得なかったとしても責められることはないだろう。時代の空気という無言の重圧は、責任ある立場のものほど受けやすいのも事実だ。今年、私たちはそれでも、フロリダでの3週間の英語研修をはじめ、すべての計画を予定通り実施することにしている。何事もなく、それぞれの夏の計画が無事に終了することを祈るのみだ。

今回私たちが経験していることの中に、大切な真理が隠されているように思う。どんなに注意していても、努力をしたとしても、発症を防ぐことはできない。私たちは、突然自分の計画が妨げられることがあるということを勘定に入れた生き方をすることを、学んでいるのではないか。人生において大切なことが、「愛される」「認められる」「知らされる」など受身形であることは意味深い。今日という日を、「生かされている」と知った時、この一日は限りなく尊いものに変わっていくのではないか。改めて、今までの神の導きと恵みに心からの感謝を捧げたい。

生徒たちにとって、かけがえのない夏休みになることを祈りたい。

2009年7月 6日 (月)

我々は何者か

 ゴーギャン展が東京国立近代美術館で始まった。「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこに行くのか」と題されたボストン美術館蔵の大作を直接見ることが出来た。標題の持つメッセージ性は、見ているものに様々なインスピレーションを引き起こさせる。人間が生きていく不思議と真実を、見るものに考えさせる絵だった。本物の前に立つことで見えてくるものの沢山ある不思議な絵画であった。じっと佇むうちに、自分自身の過去と現在と未来をその絵の中に重ね合わせようとしている自分がいて、ハッとさせられた。

「我々は何者か」とは、青年期に誰もが立ち止まって向き合わされた問いだった。誰でもないこの私は一体何者なのか、答えのない問いを発していた頃を思い出した。同時に考えた。果たして今の子どもたちは、この問いと向き合う状況にあるのだろうか。彼らは自分をどう位置づけてどんな自己像を描こうとしているのだろうか。

自分とは何者かを考えるためには、孤独と向き合う覚悟が必要だ。心の中の暗闇を意識することなくして自分と向き合うことは出来ない。孤独と向き合う痛みが自己理解を深めていく。「自分探し」という軽い言葉が使われ始めるようになって、「本当の自分を見つけること」が、なんだか一つの流行のような軽薄な響きを持つようになってしまった。個性的でありたい、自分らしく生きたいという言葉は、商品を販売するための手段のように使われているように思う。

しかし、表面的に明るく見える子どもたちの心の深淵にある暗闇を、私たちはしっかりと見ていかねばなるまい。人と比較することで傷ついている心は、ビクビクしながら自分を殺しているように見える。人との関係の中で傷ついた心を見据えるととともに、私たちは関わりを持つ子どもたちに孤独に耐える幸いを伝えていかねばなるまい。

ゴーギャンがタヒチで体験したのは、明るい色彩豊かな原色の輝きと共に、暗闇の支配する夜の世界の真実であった。光と闇を見つめる目が描き出す人間の真実は、見ているものに自分とは何かを考えさせてくれた。「人間とは何か」という真実の問いを、生徒と共に考えていけたら幸いだ。

2009年6月25日 (木)

響きあう歌声~音楽会を終えて

今年の音楽会は、620日(土)に、例年通り日比谷公会堂で行なわれた。梅雨の間の晴れ間の中、爽やかな歌声に満ちていた一日であった。中高合わせて24クラスの生徒たちが、次々にステージに上がり、それぞれの思いのこもった合唱を披露した。千人を越える生徒たち全員が、舞台の上で力いっぱい歌っていることを確認し、クラスをまとめる「音楽の力」の魅力を改めて実感した。

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それにしても、なんと素敵な歌声であろう。クラスの一体感がメロディに乗って伝わってくる。真剣な眼差しがキラキラと光っている。会場で聴いている生徒たちも、耳を傾けて聴いている。響きあう歌声が、心から心へと伝わっていく。毎年見慣れた光景ではあるが、そのたびに新鮮な思いに満たされていく。「聴く」ことの幸いを体験出来る事は幸いだ。

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 現代は耳を澄まして「聴くこと」が難しい時代だ。手に入れることの出来る情報は多い。耳から入ってくるあらゆるジャンルの音楽が、私たちを音の洪水の中に置かせる。そんな喧騒の中で生活していると、音がないことが不安に思えるような気分になっていく。まるで「沈黙」が恐怖であるかのような騒々しさが日常生活の中に満ちている。しかしじっと聴くことで身につけていくことが出来る感性は、どんどん失われているように思う。

 「静まること」で聴くことが出来る音がある。沈黙の中で聞こえてくる声がある。心を静めて聴くことで、聞こえてくる音楽の豊かさがある。観客の持つ緊張感が演奏者の技量を引き出すコンサートがある。耳を澄ませて聴くことは、音楽会を成功させるためにどうしても欠かすことの出来ない条件だ。心はその時にはじめて響きあうからだ。その奥義を体験的に知っているのは幸いだ。

玉聖の音楽会で、毎年このようなことを感ずる。生徒相互の自尊感情がこれを可能にしているのだろうか。毎朝、本物のパイプオルガンの音のシャワーの中で礼拝を守っていることが、それを生み出しているのであろうか。今年も音楽会の中に、生徒たちの育ちの幸いを感じていた。

生きることと、生かされること

キリスト教学校教育同盟の第97回総会が、北海道の酪農学園大学を会場として6月半ばに開催された。

全国のキリスト教学校の代表者が一同に会したが、北海道のキリスト教学校に直接触れることが出来たことが嬉しかった。創立者黒澤酉蔵が提唱した「神を愛し、人を愛し、土を愛する」という酪農学園の三愛精神が、北海道の大地の上にしっかりと根付いていることを確認した。併設の「とわの森三愛高校」の生徒たちの実習を見学する機会も与えられ、地に足の着いた教育活動が展開される中で、人間的に豊かに育っている高校生たちの姿に感動を覚えた。

人は他者との関係性の中で成長していく。人は人と出会うことで人間になっていく。そうであるからこそ、「学校」という場所が成長にとって大切な場になるし、学校生活を通して体験できる様々な出会いは、それぞれの人生にとって大きな意味を持つものだと思われる。学校は良質の出会いの場を提供することが課題の一つだろう。

しかし、自分の人生を自分らしく生きるためには、もう一つの視点が必要なのではないか。それは「生かされている」という感覚を身につけることだ。私たちの「いのち」は与えられたものであり、自分の意志を越えた大きな力に支えられて生きているという魂の直観だ。神と言う言葉を用いなくとも、「自然」の恵みの中に生かされていることは、土に触れ、生き物に接することで体験的に理解できるようになる。命に対する謙虚さは、自然や生き物との出会いの中で身についてくる。この国の社会全体が自然の恵みを忘れて謙虚さを失い、人々が生きることに傲慢になってしまったのは、いつ頃からであったのだろう。

 私たちは「都会」にいて、どうしたらこの感覚を身につけることが出来るのだろう。知識ではなく体験として「生かされていること」を学ぶために、学校は何を提供できるのだろう。生きる実感が乏しいといわれる環境の中で生きる子どもたちに、小さな体験や身近にある自然から想像力を広げていく教育、生かされている喜びを共に共有できる教育を、私たちは今、本気になって模索せねばなるまい。キリスト教学校の責任は重い。

2009年6月 7日 (日)

春の校外授業を終えて

今年も各学年の校外授業が終わった。高三が関西から帰京した翌日、新型インフルエンザの国内感染のニュースが入ってきた。ほんの少し前にわかっていたら、中止しなければならなかったかもしれない。

    五月に入って毎日「新型インフルエンザ」のニュースが報じられている。社会全体がやや暴走をしているような感は否めない。「安全」が最優先されるからこそ、最悪の事態を想定して「自粛」することが当然とされる。何かあったら責任をとれないから、極力リスクは避けられるような配慮が暗黙のうちに要求されている。

    だが、今回の社会の空気の中にも、危険の種が潜んでいるように思う。感染と言う被害を受けた人たちが加害者であるかのように報じられたたり、心ない中傷が様々な形で当事者に浴びせられていく。国全体の対応の不明確さがそれを助長しているともいえるが、「不安心理」が人間的な絆を断ち切っていく危険があった。特定の誰かを攻撃することで不安をかき消そうとする、歴史の中で何度も経験してきた「否定的アイデンティティの形成」という不幸が、起こってしまう危険の種がここにもあったように感じている。

   学校の責任とはいったい何だろう。安全確保が前提であるには違いないが、日常を越える経験を提供することも大切な課題ではないだろうか。校外授業を終えて、それぞれの学年の体験を聞いて改めてそのことの意味について考えた。心配したら校外に出て行くことなど出来ない。近年は学校の校庭で遊ぶことが制限されている小学生が多いと聞いているが、事故への心配が、子供達の冒険心にストップをかけてしまっているのではないか。しかし、キャンプや合宿をすることで人から人へ伝わっていくものがある。教育の醍醐味とは、そういう経験を共有する中にある。

環境キャンプに同行して

  5月の第二週は、全校が一斉に校外授業を行う。私はここ数年、中2の環境学習キャンプに同行している。群馬県水上町、猿ヶ京温泉近くの旧新治村で田植えをし、飯盒炊飯で夕食を作り、翌日は自然の中で一日を過ごし、自然から発見できたもの、各自が体験したものを分かち合い発表する。今年も元気いっぱいの生徒たちと共に、充実した3日間を共に過ごすことが出来た。

  自然の中でじっと見ることで見えてくるものがある。新緑の鮮やかさは、目の前の見る山々の微妙な色の違いを意識することで、はっきりと美しいものになっていく。目を閉じて、じっと耳を澄ませることで聞き取ることの出来る様々な自然の声がある。手で触れ足を踏み入れることで体に伝わってくる感覚がある。立ち止まって静かに嗅ぎ分けることで、匂って来る自然の香りがある。自然の恵みを味わった時に感じられる豊かさがある。

   これらは、五感を働かすことでしか自分のものになっていかない。都会での日常の生活の中で忘れかけていた感覚は、日常的な場所を離れ自然の中に身をおくことで「ハッと」思い出す。五感を働かせることが感受性を養うのだとしたら、果たして今の社会は、そして学校は、この豊かさを子供たちにどのように伝えてきただろうか。○×式で正解を求める方法では絶対理解できない「感性」を磨くことを、どう伝えてきただろうか。

    現代社会は自分が感じたことを表現する力が驚くほど貧しくなっているように思えてならない。私たちの文化は移りゆく自然の微妙な変化を見事にとらえる「言葉」を持っていたし、心の機微を直感的に理解する力をもっていたように思う。それが失われている事を憂える。むき出しの言葉が羅列されている報道やネット上の言葉の攻撃性は、この感性の衰えの表れではないだろうか。非人間的な言葉の羅列は文化の衰退を示している。

    だからこそ、私たちは立ち止まって心を静めることが必要なのだろう。騒がしい社会の中で、意識して「静まる時」を持つことが大切なのではないか。沈黙の中でしか聴こえてこない声を聞き取ることは「祈り」の基本だ。自然を満喫し、生徒たちの楽しげな表情を見ながら、そんなことを考えていた。

青春を駆け抜ける幸い~体育祭を終えて

 4月23日(木)に東京体育館で行なわれた体育祭では、生徒たちの軽やかに動きまわる姿が印象的であった。プログラムの一つ一つに、全校生徒の一体感を感じた。全力で入場し、真剣に競技に参加し、全力で退場していく真摯な態度に、大変爽やかな印象を持つことが出来た。

    青、黄、赤、緑の4色に分かれて競い合った数々の競技も、学年を超えた精一杯の応援も、各クラブの個性を感じた昼の演技も、円滑な競技運営も、実に生き生きとした自然な流れの中に展開されていた。新入生も含めて、どの顔にも充実感が満ち溢れている一日であった。

  中でも圧巻は高校3年の生徒たちの魂のこもった見事な創作ダンスだった。美しいコスチュームを身にまとい、流れるような旋律に合わせて優雅に舞う高3全員のダンスは、中学高校時代を一生懸命に駆け抜けてきた者だけが持つことの出来る、自分に対する「誇り」と周囲の友達への「信頼」とに満ちていた。観客席を埋め尽くした人たちを魅了してやまない素晴らしい演技であった。

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    一人ひとりの自信に満ちた表現力を重ね合わすことで、こんなにも大きなものが生まれてくるのかという驚きを私は感じていた。心理学者のユングが「共時性」ということばで表現した、集団的な思いの集積が生み出す「奇跡」を体験しているように思った。確かに、心と心が響きあうときに心を動かす何かが生まれるのだ。

 美しい演技に見とれながら、私はもう一つのことを考えていた。この美しさは決して意図的に誰かによって作られたものであってはならない。操作された集団的な美意識には危険な臭いがする。しかし、生徒たちが今繰り広げている世界は確かにそれとは違う。一人ひとりの自尊心が作り出したこの作品には精神の健全さが感じられる。そうだ、この健全さを若さというのだろう。その若さに接しているこの瞬間は、なんと幸いな時なのだろう。演技が終わり観客席から鳴り止まぬ拍手を聞きながら、わが身の幸いを味わうことが出来た一日であった。

2009年6月 5日 (金)

陽だまりの窓辺にて~新しくなる

 学校の幸いは、「新しくなる」ことだろう。4月になると、目に見えるものすべてが新しくなっている。ピカピカの中学1年生も、再出発を期して新学期を迎えた高校生たちも、みんな新しい。学校全体がそんな空気に包まれる。

 新しくなれることは、若さの特権だ。今までうまくいかなかったことをやり直せる、仕切り直しが出来ると信じられるのは、若さの証明なのではないだろうか。そんな生徒たちに毎年出会うと嬉しくなってくる。

 果たして私たちの社会は、このやり直しを認めている社会であろうか。失敗や挫折を貴重な経験として容認しているだろうか。競争して勝つこと、成功すること、強くなること、大きくなることのみが強調され、弱さや悲しみ、挫折や失敗を軽視してしまっていないか。学校がそういう価値観を子どもたちに植え付けていないだろうか。

 私たちの社会はやり直しの出来る社会だろうか。本当に再挑戦が許されているか。現実を見ていると悲観的になってしまう。自己責任という言葉が踊っているが、社会全体のセーフティネットは破れているように思えてならない。
失敗したら終り、取り返しがつかないという思い込みが強いのか、それとも本当にやり直しの機会が奪われているからか、毎年3万人を超えている自殺者の存在は、豊かなはずのわが国の最大の問題に思える。

   やり直しのできにくい時代なのだろうか。それとも、社会全体の耐性が弱くなったのか、最も強いはずの家族の絆までが簡単に崩れていく現実を見ると、関係の作り直しの難しさを感じてしまう。

 そんな時、子どもたちの輝いている表情は、私たちに教育の可能性を教えてくれる。発達心理学を広めたエリクソンは書いている。「獲得出来なかった発達課題に気づいたら、そこからやり直せば良い」と。

 教育とは、やり直しの可能性を信じること。その機会や場を提供すること。そして、そういう希望を語り続けることではないだろうか。そして、その希望を持っている生徒たちの気持ちに共感していくことなのではないだろうか。

陽だまりの窓辺から

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 10年ほど前に、学校という場所で見えてきた生徒たちの心模様を紹介する本を出版しました(「陽だまりの窓辺から」~フォレストブックス)。
それから10年が経過しましたが、この間世の中全体に「教育をめぐる様々な議論」が繰り広げられました。「青少年の犯罪が増加した」「子どもたちの心の闇が深い」「道徳心が低下している」などという声に押されて、「教育改革」が政治的課題となり、大きな問題を孕みながらも、60年ぶりに教育基本法が改定され、その新法に沿った形で学習指導要領も改訂されようとしています。

 確かに報道される事件や事実を見れば、何が起こっているのかわからないような不安感が呼び覚まされます。私たちの了解不可能な出来事が起きているのも事実でしょう。しかし、それはこの国の社会全体のあり方や価値観の変化の一つの表れであり、学校教育が攻撃されるものではないのではないかと考えます。メディアで報道される「教育事件」は、多くの人たちの関心を惹く「商品化」された事件であり、それが報道により商品価値を高め、やがて消費されてしまうという繰り返しを見せられているようにも思えるのです。

 私が学校という窓から見てきた子どもたちの実態は、家庭環境、社会環境の変化にもかかわらず、10年前も今も変わっていないと思うのです。外に見える行動や言葉には変化があるかもしれません。事実、「生き抜く力」の点で弱くなってきているような気がします。気になる傾向や親や周囲の関わり方の変化も見られます。しかし、本質において生徒たちは「成長しようとする存在」に変わりありません。思春期の自我形成に向けて苦闘しつつ、関係性の豊かさにより視野が広がっていく柔らかい心の持ち主であることに変化はないように思います。

 そして、私は子どもたちの成長していく過程を垣間見る場所が学校なのではないか、その成長のための環境づくり、場所作りが学校という場所の仕事ではないかと考えているのです。これから折にふれて、生徒たちを通して見えてきた「教育が考えなければならない実質」について、考えを書き綴っていきたいと思っています。どうぞよろしくお願いします。

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